ドリーム小説






素直じゃないのは……


陰陽寮での仕事を終えて帰宅した昌浩は、己の自室から聞こえてくる笑い声に首を傾げた。
一つは彰子の声だとわかるのだが、もう一つが誰の声だかわからない。どこかで聞いたことがあるような気がするのだが……考えても思い出せない。
肩に乗っている物の怪こと愛称もっくんも同じように首を傾げていた。

「う〜ん、誰の声だっけ?もっくん、わかる?」
「いや〜、聞いたことはあるんだが……思い出せん」
「あっ、もっくんも?俺もなんだよ〜。聞いたことはあるんだけど……」

再び二人して考え込んでしまう。二人というには少々語弊があるのだが……。
結局考えていても答えが出るはずもなく……諦めて部屋に入ることに決めた。










      素直じゃないのは……。










部屋に入ってきた昌浩を視界に入り、小さく声を上げた。その声で談笑の声がピタリ、と止まった。
彰子の声で気づいた相手も、自然と昌浩のほうに目線を向けていた。
昌浩の姿を見つけてふわり、と彰子は笑みを浮かべた。

「お帰りなさい、昌浩」
「ただいま、彰子」

あっという間に二人の世界へと旅立ってしまった。これにはさすがのもっくんもどうするべきか、一瞬判断に困ってしまう。
そっ、とため息を吐くと、二人の様子を見守っていた人物と目線が合った。そのまましばし見つめ合う。
にっこり、と笑みを浮かべる相手を見て、もっくんは思い出したのか声を上げた。

「……あ〜〜〜〜っ!!」
「何?もっくん、どうしたの?急に大きな声出して……」
「何じゃないっ!!ほら、見てみろ!!」

うるさそうに顔を顰める昌浩に、もっくんは詰め寄った。
驚いた顔をしている彰子をよそに、びしっと指差して昌浩に訴えた。しかたがなく言われたとおりに、指差されたほうに目線を向ける。
目線の先には浅葱色の衣に身を包んだ、少しばかり大人びた雰囲気を漂わせた女性の姿があった。
目線が合えばにっこりと笑みを向けられる。

一瞬の沈黙――。

はっ、と気づき、声を上げた。

姉上――っ!!」
「はい、久しぶりね。昌浩」

大声に動じることなく、おっとりと答えを返す。

「えっ?何?どうして姉上がここに?」
「あら、私がここにいてはいけなかったのかしら?」
「い、いえ……そういうわけじゃ……」

悪戯っぽい笑みを浮かべて疑問を返せば、昌浩は目線をさ迷わせて答えに詰まった。
どう答えるべきか考えている昌浩の姿に思わず苦笑が漏れた。

「あ、姉上〜〜。わ、笑わなくても……」
「うふふ、ごめんなさい。でもあまりに真剣だったから……」
「…………」

苦虫を潰したような顔で視線を落とした。そこでふと、どうしてが邸にいるのかが気になった。
普段ならばこちらに出向いてくるよりも、昌浩を呼び出すことのほうが多いのだ。何かあったのではないかと心配になる。

「あの、姉上?」
「どうかしたの?昌浩」
「どうして家に?まさか、何かあったんじゃ……」
「あら、何もないわよ?ただ……」
「ただ?」
「……久しぶりに皆の顔が見たくなったから――」

一瞬寂しそうな表情を浮かべたが、すぐににっこりと笑みを浮かべて答えた。もちろん皆とは晴明配下の十二神将たちも数えられる。
は安倍吉平の娘で、昌浩にとっては従姉にあたる。安倍の一族の者とあって、一応見鬼の才を持ち合わせている。
見鬼の才を持っているためか、人よりも多少体が弱い。そのためこうして安倍の邸を訪れることは滅多にないのだ。
そのため、昌浩が何かあったのではないかと懸念していたのであった。

「そうですか?それならいいんですけど……」
「あら、それはどういう意味かしら?」
「自覚ないんですか?姉上、昔からよく無茶してたじゃないですか」
「無茶をしているつもりはないのよ?」
「だからそれが自覚をないと言うんだ」
「もっくんまでそう言うの?」
「事実だろう?」

今まで傍観を決め込んでいた物の怪が、目の前にいる姫の自覚のなさに重々しくため息を吐いた。
物の怪にまでそう言われて思わずは考え込んでしまう。自分では無茶をしているつもりはまったくないのだ。そう言われても返答のしようがない。
ふいに何かを思い出したはすっ、と立ち上がった。
それを疑問に思った彰子が声を上げた。わずかに遅れて昌浩ともっくんもを見た。

様?」
「姉上?どうかしました?」
「何だ?どうした?」

三人が見守る中、にっこりと笑みを浮かべて答えた。

「私……そろそろお暇させていただきますわね?」
「えっ?もうお帰りになるのですか?」

残念そうに声を上げる彰子の傍に寄って悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「あら、だって昌浩との時間を邪魔して悪いと思いまして」
「あ、姉上っ!!」

二人同時に顔を赤く染める。従姉の発言に昌浩は焦ったような声を上げた。
初々しい二人の反応に笑みがこぼれる。

「あらあら。照れない、照れない」
「――――っ!!」
「帰る前におじい様にご挨拶していかないと……」
「それならオレが案内してやるよ」
「あら、ありがとう」

これ幸いともっくんが案内役に名乗りを上げた。このままここに残って馬に蹴られるのはごめんだ。

「じゃ、行くか?」
「えぇ。では二人とも、ごゆっくり――」

未だに顔を赤く染めたままの二人を振り返って、そうとんでもない発言を残して部屋を後にした。










晴明の部屋の前に到着すると、声をかける前に御簾が上がった。一瞬驚いたものの、御簾を上げた天一に笑みを浮かべると部屋へと足を踏み入れた。
を無事に送り届けたもっくんは、こちらを睨んでいる青龍を睨み返してから去っていった。
その様子に苦笑いを浮かべた。すっ、と青龍に目線を向ければ……視線を逸らされた。
一瞬驚き、呆れたようなため息を一つ吐いた。

、座ったらどうじゃ?」
「あっ、はい――」

促されて晴明と向かう形で腰を下ろした。視線をわずかにさ迷わせれば、朱雀、六合、天后の姿が見えた。
久方ぶりに見た孫の姿に晴明は目を細めた。孫たちの中でも姫は目の前にいる一人だけ。自然と甘くなるのはしかたがないことである。
何より今は亡き妻、若菜の面影がある。昌浩もそうだが、は姫ということもありよく似ているのだ。

、体のほうはどうじゃ?」
「はい、心配はありませんわ。最近はとても調子がいいのです」
「そうか。だが、あまり無茶をするんじゃないぞ?」
「わかっておりますわ、おじい様」

昌浩と同じことを言われて苦笑いを浮かべた。本当に……安倍の者は皆心配性なのだ。

「暗くならないうちに帰ったほうがいいじゃろう」
「はい。今日は帰りますわ」
「そうじゃのぅ、誰か……」

眉間に皺を寄せたまま背後に控えていた青龍が、そう言い終わる前に動いていた。それにはにんまりと晴明は笑みを浮かべた。
の傍までくるとその腕を持ち上げて立ち上がらせた。突然のことに目を丸くして、祖父の顔を見た。
しかし返ってきた答えはまったく違うものであった。

「気をつけてお帰り、
「えっ?お、おじい様?」
「青龍、頼んだぞ?」
「言われるまでもない」
「ちょ、ちょっと!!青龍!!」

混乱しているを気に留めることなく、話は進んでいった。青龍はすっぱりと切り捨てるとの腕を引いて部屋を後にした。
二人の後ろ姿を見送った晴明はぽつり、と呟いた。

「青龍も素直じゃないのぅ〜〜」










安倍の邸を後にした青龍とは無言のまま歩いていた。もちろんの腕は青龍に掴まれたままである。
無言の青龍からひしひしと不機嫌なことが伝わってくる。しかしには何か怒らせるようなことをした記憶がない。
この沈黙に耐え切れなくなったはおずおずと声をかけた。

「…………青龍?」
「……………」

呼んでも返答はない。そんなに怒っているのかとも思ったが、はっ、とあることに気づいた。

「…………宵藍?」
「……何だ?」

間を置いて不機嫌な声ではあるが答えが返ってきた。どうやら名を呼ばなかったことが気に入らなかったらしい。これには思わず小さく笑い声を上げてしまう。
その声を聞き逃さなかった青龍は立ち止まって振り返った。

「何がおかしい?」
「うふふ、宵藍にも可愛いところがあったんだな〜〜と思って」

自分を見下ろしている青龍ににっこりと笑みを浮かべて答えれば、すっ、と視線が外された。どうやら照れているようだ。
また笑いがこみ上げてくる。あの青龍が照れている姿など、そうそう見られるものではない。

「…………
「はいはい、怒らないの」

自分の腕を掴んでいた手を外させて、その腕に己の腕を絡ませる。
驚いて再び目線がに戻る。自分の腕にじんわりと広がる温かさに心なしかほっ、と安堵する。

「拗ねてないで帰りましょうね?」

今度はに引っ張られるようにして歩き出した。
姫の行動に多少驚いたものの、自覚がないのだろうと思うと愛しさが募る。そっ、と笑みを浮かべると、にされるまま歩いていった。


この姫に振り回されるのは……いつも青龍のほうなのだ――。














    おまけ

「あっ!!ねぇ、青龍。市に少し寄ってはだめかしら?」
「だめだ」
「少しぐらいならいいじゃない」

即答で却下されれば、が拗ねた声を上げる。

「そう言って翌日寝込んだのは誰だった?」
「そ、それは……」

事実なだけには反論できなかった。
結局青龍の無言の圧力に負けて大人しく邸に戻ることとなった。

                                  終わり






















この作品はキリリク御礼記念に贈る海月紫苑様リクエストの青龍夢です。
あまりご期待に応えられず申し訳ありません。(土下座)

私が書く青龍夢はこんなものです。
いえ、それ以前にここ最近違うジャンルの話を書いていたので書き方を忘れ……。(強制終了)
な、何にしても力不足で申し訳ありませんでした。
精進して参ります、はい。
実はこれが青龍相手に書くのは二回目だったりします。(笑)

少しでも楽しんでいただければ幸いです。
駄作ながら紫苑様にお贈りさせていただきます。

いらなかったらポイッ、と捨ててやってくださってかまいませんので。(笑)

2007.1.21   水原 琳