ドリーム小説
穏やかな時に
部屋に吹き込む風が冷たさを増した頃――。
冷たい風に乗って小さく筝の音が響く。緩やかに穏やかに……どこか春の日差しのような暖かさを感じる音色。
それが途絶えることなく続いていた――。
穏やかな時に
六合は式部卿宮の邸に向かっていた。頬に当たる風が冷たさを増しているが、それは苦にならない。
いつもならばこの時刻、昌浩の護衛で内裏にいるはずだった。しかし珍しく勾陣が昌浩の護衛につくことを申し出てきたため、交代することになったのだ。
勾陣が自ら申し出てくるなど、何か企んでいるのではないか、と申し出を受けることを躊躇したがここで断れば後がどうなるか……。
六合はわずかに顔を引きつらせたものの、勾陣の申し出を受け入れた。
昌浩の護衛の役目も本日はなくなったので、時刻は少々早いがのもとを訪ねることにした。
式部卿宮の邸に着いた六合は風に乗ってかすかに聞こえてくる音に足を止めた。耳を澄ませてみれば……筝の音だ。
この邸でこのような時刻、筝を奏でる者がいるとすれば一人しか思い当たらない。
六合は口元に笑みを浮かべると歩き出した。
歩いていた六合は愛しい人の姿を見つけて足と止めた。
部屋の中央で熱心に筝を奏でている。時々指が危うげに動くものの、何とか音を紡いでいる。
いつもならばすぐに六合の気配に気づくはずのだが、筝に集中しているためなのか気づいていない。
邪魔をすることは本意ではない六合はそっ、と部屋の入り口付近に腰を下ろした。肩膝を立てて静かにを見つめていた。
冷たい風がかすかに部屋に吹き込む。それに負けぬような緩やかな穏やかな、春の日差しのような暖かな音色が響き渡る。
熱心に筝を奏でるの姿、その紡ぎだされる暖かな音色。
六合は無意識のうちに頬を緩ませた。
一通り引き終えたようで余韻を残して筝の音が止んだ。ほっ、と息を吐くとは筝に置いていた指をゆっくりと放した。
筝から顔を上げるとその目線の先に愛しい人の姿。いつの間にか部屋にいたことに軽く驚いたものの、すぐに笑みを浮かべた。
「!?……彩W――」
ゆっくりと腰を上げたは六合のもとへやや足早に近づいた。すぐ隣までくるとその場に腰を下ろして六合を見上げた。
「いらしていたのでしたら、お声をかけてくださればよろしかったのに……」
「邪魔はしたくなかった――」
「邪魔なんて……」
「それに……」
「それに?」
すぐに声をかけてくれなかったことには不満の声を上げた。最も筝に集中して六合の気配に気がつかなかった自分にも非はあることはわかっている。
それでも不満なものは不満なのだ。
「が奏でる音を聞いているのも悪くはない」
「……っ!?」
「だから気にするな」
「……ありがとうございます」
ふっ、と笑みを浮かべて言われては頬に熱が集まるのを感じた。
頬を染めて恥ずかしそうに礼を言うの姿に、六合は愛しさを募らせて自然と笑みを深くした。
の指先が赤い線がついていることに気づいた六合はすっ、とその手を取った。
手を取られたことを不思議に思ったものの、その意味を悟ったは苦笑い浮かべて答えた。
「彩W?……久しぶりに弾いたものですから…………」
「……痛むか?」
「いえ、たいしたことは……」
ありません、と続くはずの言葉は六合によって遮られてしまった。
しばし黙り込んでいた六合はふいに掴んでいたの手を口元に持っていった。そのまま赤く線がついた指先に口付けた。
突然のことに何をされているのか理解できず、は呆然と六合を見つめていた。
六合と目が合った瞬間、我に返った。次いで何をされているのかわかり、見る見るうちに頬が赤く染まった。
「……っ!?さ、彩W!!」
「どうした?」
「て、手を――」
手を掴まれたまま頬を赤く染めては混乱していた。
六合は頬を赤く染めて慌てているの姿を見たのはこれが初めてだった。いつもはおっとりしているも、やはりこういうことには慣れないらしい。
の新たな一面を見て六合は内心嬉しくなった。無意識のうちに頬が緩む。
少し落ち着きを取り戻したは、わかっていてやっているのか、そうではないのか、どう判断するべきか困っていた。
自分が慌てている間、六合本人は何事もなかったような顔をしていることには納得できないでいた。
(彩Wって……こういうことする方だったかしら?)
一人だけ慌てているのも何だか恥ずかしく思えては一つため息を吐いた。そのまま六合の胸に顔を埋めた。
胸に倒れこんできたを抱きしめて、ふと六合は疑問を覚えた。
今まで何度か訪ねてきたが、が筝を弾いていたことなど今までなかった。もちろん貴族の姫であるからには、何かしら手習いをしていることは予想できる。
しかし今日に限って筝を弾いていたのはどういうことか、気になった六合は尋ねた。
「――」
「はい?」
名を呼ばれては顔を上げた。自然と六合を見上げる形となる。
「どうして筝を?」
「父上が新年の宴で聞かせて欲しいと言われたの……」
「そうか……」
「はい――」
にっこりと笑みを浮かべて答える姿に、自然と六合も笑みを浮かべていた。
ふいにがぽつり、と呟いた。
「あっ……」
「?」
「雪が……」
六合の肩越しに見えたのは白い欠片。いつの間にか薄暗くなった空から雪が降り始めていた。
の言葉に六合も外を見た。確かに音もなく雪が降っている。
「積もるのかしら?」
「この分ならば……」
「明日が楽しみですわ」
嬉しそうに自分の肩越しに雪を見つめているに心が和む。
六合はが風邪を引かないようにそっ、と抱きしめている腕に力を入れた。
翌日――。
庭一面に広がった銀世界には喜んだ。
そのまま庭に下りようとして六合に止められたのは言うまでもない。

お久しぶりの更新は毎度おなじみの連載「優しい瞳」の番外編となりました。
連載の続きを待っていてくださった皆様には申し訳ありません。(ぺこり)
久しぶりに書いたので、流れを思い出すまでに少々時間がかかりました。
何よりスランプになりかけていたので思うように進まず……。
結局よくわからないものになってしまいました。(汗)
いつも書いていると六合はへたれになってくるのですが……今回は違いました。
何故かたらしになってます。そう、天然のたらしです。
よって本人自覚はございません!!
どうやら私自身、何かしらの影響を受けているようです。(笑)
ここまで読んでくださった皆様、ありがとうございました。
次にお目にかかれるときまで――。
2007.12.20 水原 琳