ドリーム小説






お出かけ日和


ある日の昼下がり――。
安倍家、己に宛がわれた部屋で某家の姫こと、藤原彰子はいそいそと出掛ける仕度をしていた。あっちへいったり、こっちへきたりと慌しげだが、どこか楽しそうだ
ふいに背後から声をかけられて振り向いた。

「彰子様?……どうかなさったのですか?」
――」

部屋の入り口でわずかに首を傾げている女房の姿に軽く驚きの声を上げた。
彰子よりも一つ、二つ年上だろうか。淡い色の衣を身に纏い、年相応の落ち着いた雰囲気を漂わせている。
表向きには某家の姫である彰子に仕える女房の一人だ。だが、幼い頃から一緒に育ったため、彰子にとっては女房というよりも姉というほうが強い。
その姉のような女房――は、彰子の姿を見てさらに首を傾げた。

「彰子様、どこかにお出掛けなさるのですか?」
「えっ!?えぇ、露樹様に頼まれて市に……」

答える声はだんだんと小さくなる。

「市に?……まぁ、また私に内緒でお出掛けになるつもりでしたのね?」
「……ごめんなさい」

悲しげに眉を寄せる姿に、自然と謝罪の言葉が出る。
わずかに思案した後、一つため息をついてから口を開いた。

「わかりました。今後市に行く時は一言お知らせくださいませね?」
「はい……」

素直な答えには微笑を浮かべた。
このような姿を見てしまうと、主というより妹のように思えてしまう。いや、実際には妹と言っても変わりがない。

「では、急いで支度をしてきますわね?」
「えっ?」
「私も市に行こうかと思っていたところでしたの」

驚く彰子に笑みを向ければ、次の瞬間それは嬉しそうな笑みを浮かべていた。
自身、市に買い物に行くつもりだったので丁度よかったのだ。最も、そのつもりがなくても大切な主である少女を一人で市に行かせるつもりは毛頭ない。
正確には神将の誰かが護衛として一緒に出かけるので完全に一人ではない。
しかし普通の人には神将は見えないため、やはりは心配でしかがたないのだ。

「急いで支度をして参りますので、門のところで待っていてくださいませ」
「わかったわ」

そう伝えるとは急ぎ足で与えられた私室へと向かった。










      お出かけ日和










先に準備を整えた彰子は約束どおり、門の前でを待っていた。
彰子の隣には本日の護衛役である太陰、玄武の二人。それに珍しく勾陳の姿がそこにあった。
いつもならば朱雀と天一がついてくるはずなのだが、天一との時間を邪魔されたくと主張した朱雀によって今回は見送りとなった。
そのため、変わりに勾陳が同行することになったのだ。
最も晴明に命じられたわけではなく、勾陳自身の意思でこの場にいる。
勾陳曰く。

『面白そうだからな。たまにはいいだろう?』

ということだそうだ。
いかにも勾陳らしい理由である。

、まだ準備ができないのかしら?」

待つことに痺れを切らした太陰が喚いた。体を浮かばせてあっちへこっちへと移動しながら、はまだかと邸の中を覗いている。
傍で見ていた玄武が呆れたため息を付きながらぽつり、と呟いた。

「しかたがなかろう。姫と違ってはつい先ほど準備を始めたばかりだ」
「そうだけど……」
「ならばもう少し大人しく待っていたらどうだ?」
「……わかったわよ!!」

ずばり、と玄武に指摘されて反論しようとしたが、事実は事実なのでそれもできず……大人しくする口を閉じた。
二人のやりとりを見守っていた勾陳はそっ、と嘆息した。この二人はいつもこうだ。
彰子もその様子を見て、くすくすと小さく笑い声を立てていた。
しかし太陰の言うことも最もだと思った。準備をするにしても少しばかり時間がかかりすぎている。

「でも太陰の言うとおり、少し遅いわね。
「でしょう?」
「太陰……」

彰子が同意してくれたことに思わず身を乗り出しそうになった太陰であったが、玄武に止められて大人しく引き下がった。
出掛けるのが遅くなると、昌浩が帰ってくるまでに戻ってくることができない。しかしを置いて先に出掛けるのも気が引ける。
どうしたらよいかと思案していれば、勾陳がおもむろに口を開いた。

「誰か一人が残れば済む問題ないのではないか?」

「「「あっ!!」」」

言われるまで気づかなかった三人の様子にため息を吐きつつ、話を先に進めた。本当に急がなければ日が暮れてしまう。

「で、誰が残るんだ?」

「「…………」」

勾陳の問いはもちろん同じ神将である太陰と玄武に対してだ。もちろん彰子は初めから除外されている。
皆、彰子と市に行きたいため自ら名乗りを上げる者はいない。

時間だけが刻々と過ぎていく――。

沈黙が続く中、ふいに別の神気が生じた。現れた者の姿に彰子が声を上げた。

「……六合!?」

彰子が六合の存在に気づくよりも早く、同胞の気配を感じ取った三人は驚いた様子はない。しかし疑問は残る。
本来ならばこの時間、昌浩の護衛のため内裏にいるはずだ。

「六合、昌浩の護衛はどうした?」
「昌浩が彰子姫についていって欲しいと……」

要するに、市へ出掛ける彰子が心配だからついていって欲しい、と昌浩にお願いされてしまったからである。
それを聞いた彰子が頬を膨らませた。

「もう、昌浩は心配しすぎなのよ」

これには皆同じ考えなのか、深々と頷いた。
ふいに何かを思いついた太陰が大声を上げて、六合を見た。

「あぁ――――!!」
「太陰、いきなり大きな声を出すな。驚くだろう」
「それぐらい驚くなんてだらしないわね」

文句をいう玄武をぴしゃりと切り捨てて、わずかに眉を顰めている六合に向き直った。
皆が見守る中、太陰は言い放った。

「六合、残ればいいのよ!!」
「…………」

六合を指差して、名案だといわんばかりに言い放つ。話が全く見えない六合は訝しげに眉を寄せた。








支度を終えたが門のところまでやってくると、待っていてくれているはずの彰子の姿がなかった。
もしや彰子の身に何かあったのではないか、と心配になったが、仮にもここは大陰陽師の邸である。そう簡単に何かが侵入してくるということはない。
何より、彰子の傍近くに神将がついているはずである。心配する必要があまりないはすだ。
ならば何故、姿が見えないのか。は首を傾げるしかなかった。
どうしたものかと立ち尽くしていると、すぐ目の前に神気が生じた。そのまま前方を見つめていれば、見知った神将が姿を現した。

「……六合!?」

この時刻、内裏に出仕している昌浩の護衛についているはずの六合が今目の前にいる。驚かないわけがない。
しかし何故六合がこの場にいるのか検討がつかないは、頭二つ分上にある六合を見上げて尋ねた。

「昌浩様のお傍にいなくてもよろしいのですか?」
「昌浩、彰子姫についていてほしいと……」
「まぁ、そうでしたの。昌浩様らしいですわね」

その様子が目に浮かぶようで、微笑を浮かべてくすくすと小さく笑い声を上げた。
六合の言葉ではっ、と思い出したは六合に詰め寄った。

「そうですわ。六合、彰子様を見かけませんでしたか?市にご一緒させていただくことになっていたのですけれど……」
「彰子姫ならば、太陰たちと一足先に市へ出かけたが……」
「えっ?先にですか?」
「あぁ……」

彰子に置いていかれたことに、肩を落としてため息を吐いた。辺りにどんよりとした雰囲気が漂っている。
見かねた六合がふいにの腕を掴んで自分の胸へと引き寄せた。
突然のことに何が何だかわからなかったであったが、六合の腕の中だと認識すると頬を染めた。

「六合!!」
「そう落ち込むな。今から出れば間に合うだろう?」

微笑を浮かべて言われて、は赤くなりながらもこくり、と首を縦に振った。






六合の隣を歩きながら市へ向かっていたはふと疑問に思った。

「六合」
「どうした?」
「昌浩様に彰子様の護衛を頼まれてきたのに、私と一緒にいてもいいのですか?」
「彰子姫の傍に太陰と玄武、勾陳もついている。心配はない」
「そうですか……」
「それに……」
「それに?」

首を傾げて六合を見上げれば、目線が合って思わず立ち止まった。

「太陰が先に行っていることを伝えて欲しいと伝言を頼まれた」
「太陰が?」
「あぁ……」

驚きの声を上げた後、太陰が何故わざわざ六合に伝言を頼んだのかがわかり肩を震わした。

(太陰〜〜!!絶対にわざとだわ。後で問い詰めなくては!!)

強く決意したとき、ふいに声をかけられて焦った。

?」
「は、はい!?」
「今日は何を買う予定なんだ?」
「……今日は匂い袋を縫うための絹を買おうかと思いまして」
「はい。以前彰子様が欲しいとおっしゃっていたので」

どこか嬉しそうに話すの姿に、自然と笑みが浮かんだ。
そうこうしているうちに賑やかな声が聞こえてきた。どうやら市に到着したようだ。






順に店を回り、時には手に取ったりして絹を吟味する。もちろん傍にいる六合も一緒に見てくれている。
ある店先で足を止めたは目の前に並べられている絹に目を輝かせた。並べられている絹はどれも見事な織りのものばかりだ。
その中でも手前に並べられている蝶の刺繍が施されている絹と、桜の花の刺繍が施されている絹に目が止まった。
どちらも捨てがたく、なかなか決めることができない。
困ったはそっ、と六合に尋ねた。

「六合はどちらがよいと思いますか?」
「そうだな……こちらのほうがいい……」
「えっ?」

指で示されたほうの絹を見て、は目を丸くした。
六合が選んだのは桜の花の刺繍が施された絹であった。
自身、こちらのほうにしようかと迷っていたところだった。まさか六合が同じほうを選んでくれるとは思わず、驚きを隠せない。
何故こちらを選んだのか気になったは、おずおずと尋ねた。

「……どうしてこちらなのですか?」
「蝶よりも桜の花のほうがに似合う……」
「……っ!!」

さらりと微笑を浮かべて言われて、は頬をさらに赤く染めて絶句するよりほかなかった。

(……どうして、私が嬉しくなることを言ってくださるのかしら?)

結局、二人で選んだ桜の花の刺繍が施されたほうの絹を買うことになった。
目的を果たした二人は市を後にした。




は腕に先ほど買った絹を大事に抱えていた。
それを見て、六合が笑みを浮かべていたことに気づかずに――。






















30000Hit&40000Hit+サイト1周年記念の六合夢です。
六合がお相手というわりには他の方々が少々(かなり)でばってしまいました。
いや、書いている本人は非常に楽しかったのですけどね?(苦笑)

さて、今回は今までとまったく別のヒロインさんのお話となっております。
彰子付きの女房というのは珍しい設定だと思います。
えぇ、私の趣味です。(笑)好きなのですよ。

実は当初は別ヒロインさんのお話を考えていたのですが……。
いざ書こうとしたらすっかりさっぱり綺麗に忘れておりました。(爆)
急遽設定を新たに考えて、できたのがこのお話です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。


大変遅くなりまして、申し訳ありませんでした。
30000Hit&40000Hit+サイト1周年記念のフリー作品として皆様にお贈りいたします。

2006.6.30   「彩月華」管理人  水原 琳
*前サイトでフリー配布した作品です。現在は配布しておりません。