氷の花
ドリーム小説
氷の花
「夜を統べる月神―ツクヨミ―の神よ。我の願いを聞き届け、我に力を――!!」
少女特有の甲高い声が夜の闇に包まれる都に響く――。
少女は前方に手を突き出し、相手に向けて力を解き放った。相手―妖怪―は声にならない叫び声を上げてその場に崩れ落ちた。
しばらく鋭い眼差しで妖怪を見つめていたが、動かなくなったことを確認すると、ふっ、と肩の力を抜いた。
少女――の良き相棒であり、恋人でもある六合のほうへ振り向いた。
「帰りましょう、彩W……」
の後ろに控えていた安倍晴明配下の十二神将の一人・六合は、笑顔を浮かべているを無言のまま見つめていた。
が、の背後に先ほど倒したはずの妖怪が起き上がろうとしているのが見えた。
「――!!」
ハッ、と真っ先に気づいた六合はの言葉を中断させ、の右腕を素早く自分のほうへ引き寄せた。
その結果、は六合の胸に顔を埋める体勢になってしまった。
突然、強い力で六合に腕を引っ張られたは目を丸くさせた。
「えっ?ちょっと彩W、何を考え……」
六合に抗議しようとしたが、後ろから先ほど倒したはずの妖怪の妖気が流れていることに気づいた。
は素早く振り返った時、すでに妖怪が目の前に迫っていた。は思わず息を呑んだ。
六合は左手でを強く抱きしめ、右手に銀色に輝く槍を持ち、前方の妖怪を見据えていた。
起き上がった妖怪は前方にいる二人目掛けて襲い掛かってきた。
六合は左腕に力を入れ妖怪からを守るようにし、右手に持っている槍で妖怪を薙ぎ払った。
妖怪は絶叫しながら消滅した。
「……終わったの?」
「あぁ……」
やや強張った声で聞くに、六合は抑揚の欠けた声で答えた。
六合の言葉を聞き、はほっ、と息を吐き出した。
その様子に六合が軽く怒りを含んだ瞳でを見つめた。
「……。あれほど油断するな、と言っただろう?俺がいなかったらどうするつもりだったんだ?」
「そ、それは……。……でも大丈夫よ。彩Wが守ってくれるでしょう?」
少し考え込んだだったが、あっさりと見事に笑顔でそう返した。
予想していなかった答えに六合は言葉が続かなかった。
妖怪を相手にしているのだ、油断すれば自分が危なくなるというのに……、はそういうところがちょっと抜けているのだ。
六合にしてみれば、心配して言っているのにその本人自身に危機感がまったくないのだ。
(そういう問題ではないのだが……)
六合はそっ、と嘆息した。
その様子には不思議な顔で六合を見つめた。
の視線に気づいた六合は、なんでもない、と瞳で答えるとわずかに笑みを浮かべた。
「それじゃ、早く帰りましょう」
「そうだな……」
笑顔で促すに六合も穏やかな笑みを返した。
暗い闇に包まれている中、足早に安倍邸へと歩き出した。
氷の花
安倍邸に帰り着いた二人はすぐさま晴明の部屋へ向かった。
部屋の中に入ると二人を待っていた晴明が笑顔で出迎えた。
「おぉ、待っておりましたぞ」
「遅くなってすみません」
晴明の言葉を聞き少し焦ったように返した。
晴明と向かい合わせになるように腰を下ろした。
その隣にいつものように六合が腰を下ろす。
「あの場所に巣くっていた妖怪は消滅しました。これでもう大丈夫だと思います」
「そうですか。無理を言って申し訳なかったですな」
無理に仕事を頼んでしまったと思っている晴明はに謝罪した。
は少し驚き、慌てて首を横に振った。
かの大陰陽師である安倍晴明に謝られる人などが初めてではないだろうか。
「そんなことありません。自分にできることをしているだけですから……」
慌てて否定の言葉を言うに晴明は目元を和ませ見つめていた。
「あっ、そう言えば父からこれを預かってきました」
突然思い出したが懐から小さな鏡を取り出した。
小さな鏡と言っても、手のひらにのる大きさの鏡を晴明に手渡した。
「これはわざわざすみませんな。父君はお元気ですかな?」
「はい、元気ですよ。むしろ元気すぎるような気もしますけど……」
晴明の言葉には苦笑いを浮かべて答えた。
の父と晴明は旧知の間柄である。
そのためは幼い頃から安倍家にちょくちょく遊びにきていた。
の父はある神社の宮司をしている。
その娘であるも巫女としての力が高いため、こうして晴明に時々仕事を頼まれることが多いのだ。
「晴明。もう夜も遅い――」
今まで晴明の背後で柱に凭れかけて隠形していた青龍が姿を現した。
普段からの前に姿を現すことが少ない青龍が、珍しく姿を見せたのだ。
「青龍、そうじゃな。六合、送っていってくれんか?」
「わかった」
青龍の出現に多少驚いた晴明だったが、青龍の言うことも最もなことなので六合にを送り届けるように告げた。
六合はいつものことと心得ているのか、腰を上げると一人で先に部屋を出て行ってしまった。
「あっ、六合。それでは晴明様これで失礼します。六合、待って――!!」
慌ててペコリ、と頭を下げると、先に出て行ってしまった六合の後を追いかけて部屋を出て行った。
二人が出て行った頃を見計らったように勾陳が晴明の背後に姿を現した。
今まで微笑ましく二人の後ろ姿を見つめていた晴明は、眉を寄せた。
「勾陳、どうじゃった?」
ある役人から依頼を受けた晴明の命により、ある場所まで様子を見に行っていた勾陳が報告のために戻ってきたのだ。
晴明の質問に勾陳は淡々とした口調で答える。
「晴明が言っていたよりもひどいな。瘴気が辺りに充満している。急いだほういいぞ」
「そうか。またお力を借りねばならぬかな……」
二人が去っていったほうを見つめたまま、ぽつり、と呟いた。
二日後――。
晴明に頼まれては六合と共にある場所を訪れていた。
辺りは瘴気が充満していてとても普通の人間は近づくことができない状況である。
「晴明様が言っていたとおり、ひどいわね」
「あぁ、急いだほうがよさそうだ」
の言葉に六合がわずかに頷き同意を示す。
二人は急いで瘴気の中心となっているところへ向かった。
「ここが瘴気の中心だけど、肝心の瘴気を出している妖怪はどこに……」
瘴気の中心まできた二人は、瘴気を出しているはずの妖怪を捜した。
捜しているの背後に巨大な怪鳥の姿が見えた。の少し離れたところにいた六合は鋭く叫んだ。
「、後ろだ!!」
六合の声に後ろを振り返ったは、急いで頭を伏せた。
その頭上を妖怪が奇声を上げて飛んで行く。
の傍まで戻ってきた六合はに手を貸して立たせた。
「大丈夫か?」
「大丈夫よ」
は立ち上がると、衣の裾をパンパン、と払った。
妖怪は旋回しながら再びこちらに向かってくる。
は前方の妖怪に意識を集中させた。
その隣で銀色に輝く槍を手にした六合が妖怪を待ち受けた。
目掛けて襲い掛かってくる妖怪の前に六合は躍り出た。
妖怪の爪と六合の槍がぶつかり合う音が響いた。
その後方でが言霊を風に乗せて唱える。
「夜を統べる月神―ツクヨミ―の神よ。我の願いを聞き届け、我に力を――!!」
は妖怪に向けて力を解き放す。
妖怪と鍔迫り合いしていた六合は、腕に力を込め妖怪を押し、跳躍してその場から離れた。
の攻撃を受けて妖怪は奇声を上げて吹き飛ばされた。
吹き飛ばされた妖怪はふらつきながら立ち上がると、真っ先に目掛けて向かっていく。
言霊に意識を集中させていたはわずかに反応が遅れて避ける。
反応が遅れたため、妖怪の爪が左腕を掠った。
「くっ……」
苦痛に微かに顔を歪ませた。
その様子を見た六合がのもとへ駆け寄ろうとしたが、妖怪が襲い掛かってきたために動くことができなかった。
「っ……、!!」
「大丈夫。ちょっと掠っただけ」
妖怪の攻撃を槍で防ぎながら六合が叫ぶと、息を整えながらが笑顔で答えた。
は言霊を再び風に乗せて唱え始めた。
「世界を照らす天照神―アマテラス―の神よ。我の願いを聞き届けたまえ。
かの者を浄化し、かの地に癒しの光を――!!」
が唱えると、瘴気に覆われているこの場所が妖怪諸共暖かな光に呑み込まれた。
一瞬にして瘴気に包まれていたこの場所は浄化され、前と同じ景色を取り戻した。
さすがに妖怪までも消滅させる力はなかったものの、の解き放った力に深手を負ったようだ。
それでも妖怪は二人目掛けて襲いかかってくる。攻撃を避けながらが叫んだ。
「彩W、しばらく奴の動きを止めて」
「わかった」
の言葉に頷くと、六合は妖怪と向き合った。
その隙には懐からいつも持ち歩いている手のひらにのるくらいの大きさの鏡を取り出した。
の神社に安置されている鏡の一つで、晴明の手伝いをするようになってから父がお守り代わりにと渡してくれたものだ。
鏡を妖怪のほうに向けて意識を集中させた。その間にも何度となく妖怪は六合に襲い掛かって行く。
は鏡を持ったまま言霊を唱え始めた。
「水を司る天の水神、地の水神よ。我の願いを聞き届けたまえ。我にかの者を封じる力を――!!」
が唱え終えると、手にしている鏡がほのかに光を放ち始めた。
それを確認すると六合に声をかけた。
「彩W、離れて――」
の言葉を合図に六合は妖怪を薙ぎ払いその場を離れた。
六合が離れたと同時に鏡の光が妖怪を捕らえた。
光の鎖に捕らえられている妖怪は、奇声を上げて最後の力を振り絞り何とか逃れようと暴れている。
「逃がさない!!」
鏡を持っているは妖怪に引きずられないように、両足に力をいれて耐えた。
少しずつだが妖怪が鏡に引き寄せられてくる。
「天地を司る神々よ。我の願いを聞き届け、我にかの者を倒す力を――!!」
が止めの言霊を唱えた。
の唱えた言霊により、妖怪を捕らえている光の鎖がさらに強くなった。
完全に抵抗できなくなった妖怪は引きずられるように鏡の中に吸い込まれていった。
妖怪が吸い込まれた後、ほのかに光を宿していた鏡はすっ、と完全に光を消して普通の状態に戻った。
「終わったのか?」
「えぇ。鏡に封じ込めたから、後は厳重に保管しておけば大丈夫よ」
の傍まで戻ってきた六合が、抑揚に欠けた声で尋ねた。
先ほど妖怪を封じ込めた鏡を手にしたまま、は安堵の声で答えた。
は鏡を再び懐にしまい込んだ。
顔を上げたは瘴気の中心となっていた場所に何か光るものがあることを見つけた。
「彩W。あれ、何かしら?」
瘴気の中心部だった場所を指差しながら尋ねた。
が指で示しているほうへ六合は目線を移した。
何かが月の光を反射させている。
光を反射させるということは何かがあるということだ。
六合はその場所に向かって歩き出した。
もその後ろを付いていく。
瘴気の中心だった場所で月の光を反射させていたものは氷だった。
それもただの氷ではない。
その氷の中に桔梗の花が閉じ込められているのだ。
氷の中の桔梗は開花したばかりのものをそのまま閉じ込めたような瑞々しさがある。
二人はあまりの美しさにしばし言葉を失った。
「きれい――」
の口から思わずため息が出る。
隣に立つ六合も、いつもの無表情の顔に驚きの色を浮かべていた。
「でも、どうしてこんなものがあるのかしら?」
「自然によるものか、あるいは妖怪がいた影響なのか……」
の疑問を聞き、六合が少し考え込むようにして答えた。
六合の答えを聞き、わずかに首を傾げたが、納得したのかは笑顔を浮かべた。
「でも……。きれいよね?」
「あぁ、そうだな」
笑顔を見せるに六合は穏やかな笑みを返した。
「ねぇ、彩W。また見に来ようね」
「あぁ、必ず――」
再びこの場所を訪れることに決めた二人は、晴明に報告をするために安倍邸へと急いで歩き出した。
氷に閉じ込められた桔梗――。
それはこの場所を以前と同じ景色に戻してくれた二人に感謝の意味を込めて、神がくれた贈り物だったのかも……しれない――。
桔梗の花言葉――変わらぬ愛、優しい愛情。

大好きな水城深闇様よりリクエストを頂き、書かせていただきました。
深闇様、リクエスト通りになっているでしょうか?
今回私は初めて戦闘シーンなるものを書きました。
はたしてこれが戦闘と言えるのかどうかは疑問ですが……。(焦)
やっぱり難しいですね。(苦笑)まだまだ未熟ですみません!!
ヒロインが作中で唱えている言霊は私のオリジナルですので、間違っても信じないでくださいね。
(お願いします!!)
この作品はあるサイト様に投稿しましたものを修正・加筆したものです。
それでは深闇様、こんな作品でよければ受け取ってください。
もちろん返品してくださってもかまいませんので……。
2004.9.30 水原 琳