ドリーム小説
花の香は……
ひらり、ひらり。
風に吹かれて空(くう)を舞う。
薄紅色の……。
花の香は……
後宮の回廊をゆったりと進む者がいた。背筋を伸ばし、しっかりと前を見据えて歩いて行く。
華美にならないような上品な衣を身に纏い、髪には小さな鈴をつけた簪を挿していた。
歩みを進めるたびに動きに合わせて鈴がチリン、とかすかに音を立てる。それが上品な雰囲気を漂わせる。
後宮を誰に咎められることがなく歩けるとすれば、主である王とその后妃。それらに仕える女官たちだけだ。
ならば后妃、または女官のどちらかということになる。が、現在この後宮には后妃は一人もいない。
そう考えれば答えは一つである。
彼女の名を――。
この後宮の女官にして、筆頭女官である珠翠の補佐役を務める者でもある。
仕事が落ち着いたところで休憩を取ることにしたは、気分転換にと中庭に向かっていた。
休憩には欠かせない茶器一式を持ってくることは忘れてはいない。その証拠に歩くたびに中で茶器がカチャカチャ、と音を立てていた。
しばらく歩いていれば中庭に到着した。
周囲に人影はなく、ただ目の前にはひっそりと置かれた机案と椅子、そこに降りそそぐように花びらが舞っているのみであった。
机案の傍までくるといつものようにお茶の用意をする。湯飲みに茶を注げば、湯気が立ちあがる。お茶の香りが鼻をくすぐった。
「いい香り……」
ぽつり、と呟き、椅子に腰を下ろして湯飲みを手にする。口にすればお茶のほのかな甘みが口内に広がった。無意識にほっ、と息を吐いた。
時折心地よい風が頬を撫でる。その風に乗って薄紅色の花びらがひらり、ひらり、と舞っている。
ひらり、ひらり、と風に乗って花びらが一枚、湯飲みにふわりと降りてきた。鮮やかな薄紅色に目が奪われる。
は自然と嬉しそうに微笑んだ。
こうしてゆったりと過ごす時間が一日の中で、の何よりの楽しみなのだ。そう何よりの楽しみなのだが……最近はそうとは言い切れない。
が一息ついていると必ず現れる者がいるのだ。特に招待したわけでもなく、突然現れて人をからかっては去って行くのだ。
風に乗って運ばれてくる花の香りとは別の香りが背後から漂ってくる。その香りから誰がきたのか瞬時に悟ったは深くため息を吐いた。
カタン、と小さく音を立てて湯飲みをもとの場所に戻す。わずかに目を細めてちらり、と背後に目を向けた。
「……将軍ともあろう方が、このようなところにいらっしゃってもよろしいのですか?」
表情は変えず、あえて刺を含んだ言い方をする。
「相変らず手厳しいな――」
次に瞬間、ふわり、と漂ってきた香りに包まれる。拘束されては無意識に体を強張らせた。
「…………っ!?」
拘束されたと同時に耳元で囁かれて、頬に熱が集中する。しかしそれも一瞬のこと、すぐに疲労感に襲われ、思わず体の力が抜けた。
深くため息を吐くと苦々しく口を開いた。
「藍将軍……前々からお願いしていますでしょう?このようなことは止めて……」
「楸瑛――」
の言葉は最後まで音にならなかった。言い切る前に楸瑛によって遮られてしまったのだ。
「はい?」
心なしか楽しそうな声音で言われ、思わず耳を疑った。未だに楸瑛に拘束されているため、その表情を見ることはできない。
「名を呼んでくれる約束だっただろう?」
「……さぁ、このようなことをなさる方の言葉など記憶にございませんわ」
「これはまた手厳しい……」
すぐさま切り返してくるに、自然と笑みが浮かぶ。
楸瑛が挑めば、さらりと流される。とのこうしたやり取りがここ最近の日課になっているのだ。
にしてみれば貴重な休憩時間を邪魔されて迷惑なことなのだが……こう、毎日では諦めの心境になってしまう。
「藍将軍、いい加減に離れてくださいません?」
「名を呼んでくださるのでしたら、すぐにでも離れますよ?殿――」
艶をたっぷり含んだ声音で囁かれて、ビクリ、と肩が揺れた。盛大にため息を吐くと、戸惑いながら口を開いた。
「藍しょ……楸瑛様、離れてください……」
名を呼べば、楸瑛はあっさりとから離れた。これにはは思わず拍子抜けしてしまった。こうもあっさりと放してくれるとは思っていなかったのだ。
目を丸くしていると、正面の席に腰を下ろした楸瑛と目があった。ご機嫌とばかりに笑みを浮かべられて憎らしさが増してくる。
考えてもしかたがないと、気を取り直してお茶を淹れ直した。自身は不本意だが、目の前に男の分も淹れる。
「毎日このようなところまでいらっしゃって……将軍としてのご自覚が足りないのではありませんか?」
にっこり、と笑みを浮かべてスパッ、と言い切る。
要するに『とっとと帰れっ!!』と言いたいのだが、後宮の女官であるが表立ってそのようなことが言えるわけがなく……遠まわしに言ったところでいいように解釈されてしまう。
「今日は一段と手厳しい……」
いつになく厳しい態度のに、内心苦笑いを浮かべた。
(少しやり過ぎたかな?)
「私とて暇ではございませんの。それを飲んだらお引取りくださいませ」
「……わかった。これを飲んだら退散させていただくよ」
触らぬ神に何とやら……。楸瑛は大人しく退散することを決めた。
二人の間に沈黙が続いた。聞こえるのは風の音。目の前に映るのは舞っている薄紅色の花びらのみであった。
茶を飲み終えた楸瑛がカタン、と音を立てて腰を上げた。その様子をは目で追い、顔で止めた。
一瞬目線が合う。次いでにっこりと笑みを向けられて、は軽く目を見張った。
「ごちそうさま。邪魔をしたね」
(まったくですわ)
言葉にはせず、その瞳を向けることで答えた。
の機嫌を損ねてしまったことをひしひしと感じた楸瑛は苦々しく笑みを浮かべた。これ以上機嫌を損ねられては大変、と名残惜しげにその場から去って要った。
「ではまた――」
「…………」
引きつった笑みを浮かべては後ろ姿を見送った。見えなくなったところで一つため息を吐いた。
(本当……こりない方ね)
小さく苦笑いを浮かべると、手早く茶器を片付けて自分の持ち場へと戻って行った。
後にはひらり、ひらり、と舞う……。
薄紅色の花びらのみであった――。
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お久しぶりの更新がこんなものですみません(汗)
書いてる本人がわけがわからなくなり……こんなものが出来上がりました。
季節がズレてるという突っ込みはなしの方向でお願いします。
ネタを思いついたのが丁度この季節でして、書く気はあったのですが……。
実際問題そんな余裕がございませんでした(苦笑)
当初考えていたネタとはかなりのズレが発生してしまいました。
そしてそのネタすらも記憶にないと……(マテ)
花見ができなかった鬱憤晴らしということで(笑)
さりげなくこれが楸瑛夢、初書きとなります。
ことごとく王道キャラを書いていないと改めて認識……。
いろんな意味で撃沈しました(笑)
駄作ではございますが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
甘いのか甘くないのか……う〜む(悩)
2007.6.20 水原 琳
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