ドリーム小説
夢語り 後編
が鳳珠に拾われ……いや、保護されてから数日――。
保護された当初こそは笑顔を見せるのは鳳珠の前だけであったが、徐々に邸の者たちと打ち解け最近ではよく笑うようになった。
本来は人懐っこく、明るい性格なのだろう。
虚ろな目をしていた頃を思えば、よい傾向だ。
と暮らし始めてから鳳珠は驚きの連続だった。
必要最低限の知識を覚えさせたほうがよいだろう、と自ら勉強を教えることにした。また礼儀・作法や縫い物は同じ女性の侍女たち学ばせようと考えた。
いざ教えてみると覚えるのが早いのか次々先へ進む。もちろんただ覚えるだけでなく理解もしているようだ。
その証拠にこちらから質問をすれば、己の考えも含めて答えを返してくる。
侍女たちも同じようにの覚えの早さにとても驚いていた。礼儀・作法は一度教えたら完璧に覚え、縫い物は丁寧で見事なものであった。
そうして日々は過ぎていった。
気がつけば、は少女から女性へと変わろうとする年頃になっていた。
夢語り 後編
いつもと変わらず、机案の上に高々と積み上げられた書類を黙々と処理していく仮面尚書こと黄鳳珠の姿が戸部にあった。
寸分の狂いもなく書類に目を通して判を押して、次々に官吏たちに渡る。見る間に一つの山となり、官吏たちは崩れぬようにと細心の注意を払わなければならなかった。
これが朝からずっと続いている。
こういった修羅場に慣れている官吏たちでも疲労の色が見え始めてくる。上司が率先して仕事をしている以上、自分たちがサボるわけにもいかない。
それを見るに見かねた戸部侍郎・景柚梨が静かに茶を運んできた。
「皆さん、朝からその調子でお疲れでしょう。少しは休まないと倒れてしまいますよ」
穏やかな笑みを浮かべて、お茶を配る姿は官吏たちにとって神に見えただろう。いや、まさしく戸部の癒し神だ。
官吏たちはおのおの休憩に入った。
それを見届けて未だに一人仕事を続けている鳳珠の机案の上に、コトン、と音を立てて茶を置いた。
その音に気づいた鳳珠は書類から目を離して隣に立つ柚梨を見上げた。
「鳳珠、貴方も休憩にしたらどうです?
朝からずっとその調子では他の官吏の方々がかわいそうですよ?」
「柚梨……」
軽く嫌味を言われて顔を顰めた。反論しようとしたが、次の柚梨の言葉にぐっ、と黙るよりなかった。
「今日もさんが帰りを待っていてくれるのでしょう?
早く帰りたいのはわかりますけど、それならなお更休憩を入れないと持ちませんよ?」
こう言われては諦めるしかないと、ため息を一つ吐くと体の力を抜いた。
それを見て満足げな笑みを浮かべる柚梨に納得がいかず、眉を顰めて苦々しい表情で用意された茶を口にした。
渋々ながら休憩に入った鳳珠の姿に、ほっ、と安堵の笑みを浮かべた。
(こうでも言わないとなかなか休憩を取ってくれないのですから……)
内心で苦笑いを浮かべて、自身も休憩を取った。
休憩を終えた官吏たちは再び元気を取り戻して仕事に励んだ。
自分が片付けていった書類がすぐに部ごとに振り分けられ、運ばれていく。それにはさすがの鳳珠も多少驚いた。
やはり人間、適度な休息は必要なのだと――。
いや、それだけではない。
今回は柚梨の癒しも着実に影響している。
時は過ぎ、何とか定刻までに仕事が終わることができた。
終了の鐘の音とともに、官吏たちの間に漂っていた緊張感が一気に崩れた。定刻までに終わらせることができた達成感と心地よい疲労感に包まれている。
「よかったですね、鳳珠」
「あぁ……」
予想外に定刻で終わり、内心安堵する鳳珠であった。しかしその表情は仮面に隠され、いつもと変わりはない。
最も、柚梨には仮面の下に隠されて鳳珠の嬉しそうな顔が手に取るようにはっきりとわかっていた。
「急いでください。さんが待っているのでしょう?」
「わかっている。柚梨、後を頼む――」
「任せてください」
カタン、と音を立てて腰を上げた鳳珠は早口にそう告げると、振り返ることなく颯爽と室を後にした。
急ぎ帰宅した鳳珠を出迎えてくれたのは愛しい……ではなく――。
「やっと帰ってきたか……随分と遅かったではないか。待ちくたびれたぞ」
用意された椅子にどっしりと座り、扇を口元に当てて尊大言い放つ吏部尚書・紅黎深の姿があった。
が出迎えてくれることをわずかでも期待していた鳳珠は思いっきり眉間に皴を寄せた。
「黎深……何故貴様がここにいる。いや、それよりも仕事はどうした!!」
「そんなものは絳攸に任せてきた。それよりも鳳珠……ただいまの挨拶はないのか?」
しれっ、と養い子に仕事を任せてきた言い放つ黎深に皴が深くなる。
「何故貴様に言わなければならない。今すぐ帰れ!!」
「友人に向かってその言葉はひどいと思うが?」
さして嘆く様子もなくさらりと言い放つ。
何やら怒りよりも呆れのほうが大きく、鳳珠は深々とため息を吐いた。
一応友人である黎深だが、時折……いや、無性に殴りたくなる。
そもそも何故友人をやっているのかが疑問だ。
気を取り直すと、苦々しく尋ねた。
「それで、本当の目的は何だ?」
待っていましたと言わんばかりにニヤリ、と笑みを浮かべている姿に、鳳珠は嫌な予感がした。
こういう顔をするときは大概ろくなことがない。
「拾った藤の花が見ごろを迎えているのではないか?」
即座に何を指して言っているのか理解して、目の前に余裕を漂わせている黎深を睨みつけた。
それを向けて黎深はさらに笑みを深くする。
「何が言いたい?」
「そろそろ愛でるにはいい頃合だろう?」
低く怒気を含んだ声音に怯むことなく、挑発するような目線を向ける。
拾った藤の花というのはのこと。
見ごろとは年頃になり、綺麗になったこと。
愛でるとは妻に迎えるということを示す。
「愛でるつもりがないのなら……絳攸の妻として私の義娘になってもらうかな?」
「断る!!誰が貴様の義娘にするものか!!」
いつもであれば受けるのもばかばかしいとさらりと流す鳳珠であったが、今回ばかりはそうはいかなかった。
険悪な雰囲気が漂う中、勢いよく扉が開いた。
「鳳珠様、今年も桃の花が……」
嬉しそうに駆け込んできた少女……いや、女性の姿に鳳珠は固まり、黎深は笑みを浮かべた。
一方女性のほうはと言うと……。
室に鳳珠しかないとばかり思っていたので、隣に黎深の姿を見つけて目を丸くした。
次の瞬間わずかに頬を染めて恥ずかしげに俯いた。
突然の乱入に場の雰囲気は一気に崩れた。
我を取り戻した鳳珠はそっ、とため息を吐いた。
「……」
「ご、ごめんなさい。黎深様、知らぬこととは言え、大変失礼いたしました」
「いや、私はかまわないよ」
頭を下げて謝罪するに笑みを深くして、その姿を見つめた。
華美にならない程度に衣を纏い、髪には鳳珠から贈られた気に入りの簪を挿して、腕に桃の花をつけた枝を数本抱えている。
どこぞの貴族のご令嬢と言っても通用するだろう。
控えめな衣装、その気品ある雰囲気――。
まさに美女と言えるだろう。
「、絳攸の妻になる気はないかい?」
「絳攸様の?」
「黎深!!」
鳳珠がとめる声を無視して、笑みを浮かべたまま話を進める。当のは突然のことに困惑を隠せないでいる。
「絳攸の妻となり、私の義娘になってくれると嬉しいのだが……」
「黎深様、そう言っていただけるのは嬉しいのですけれど……。
私、他の好きな方がいますの。だから……」
「うむ、それならばしかたがない。諦めるとしよう」
の視線の先を認めて、ニヤリ、と笑みを浮かべて、鳳珠に目線を向ける。
向けられた目線の意味を理解して、鳳珠は苦渋を浮かべた。
「本当にごめんなさい……」
「気にすることはない。私はこれで失礼するとしよう。ではな、」
立ち上がり、颯爽と室を後にした。
立ち去るさい、鳳珠に何事かを囁き楽しげな様子であった。
「黎深……」
「どうかしました?」
盛大にため息を吐く鳳珠を心配して、顔を覗き込めばその瞳に捕らえられた。
心配げに自分を見つめるを見て、先ほどの黎深の言葉が脳裏を過ぎる。
『早く妻にせねば、本当に絳攸の妻に貰うぞ?』
「――」
「あっ、はい」
「私のもとにいるつもりはあるか?」
「えっ?鳳珠様、それは……」
「私の妻になって欲しい――」
「……っ!!」
抱きしめられて耳元で囁かれたのは求婚の言葉……。
思いがけない言葉に気持ちばかりが先走り、見る見る瞳は涙で埋もれてしまった。
言葉にならず、涙を流す愛しい女性の姿に困惑する鳳珠であったが、その手がしっかりと自分の衣を掴んでいることを認めて頬が緩んだ。
「――」
「……鳳……珠様……」
「私の妻になってくれるか?」
「……はい――」
こうして二人は結婚し、晴れて夫婦となった。
後に二人のことは彩雲国中に知れ渡り、鳳珠を知るものは大変驚いていたとか……。
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この作品はサイト3周年記念に書かせていただきました。
月城チアキ様リクエストの鳳珠夢です。
大変お待たせいたしました!!ようやく後編をお届けです。
楽しんでいただければ幸いです。
一応前編が「出会い編」、後編が「求婚編」となります。(かな?)
ヒロインさんがあまり登場せずに申し訳ないです。
何せ今回書きたかったのは……。
柚梨さんに見守られる鳳珠様。
黎深様に遊ばれる鳳珠様。
でしたので……。(汗)
あ、あれ?メインはどこに?
ここで補足説明を。
ヒロインさん=紫の上。(妻)
鳳珠様=光源氏。(主人公)
黎深様=頭中将。(↑の親友もとい悪友/笑)
柚梨さん=惟光。(乳兄弟)
以上のキャストでお送りいたしました。(笑)
駄作ながら御贈りさせていただきます。
もちろん返品も受け付けておりますので、遠慮なく……。
サイト3周年誠におめでとうございました。
2006.4.9 水原 琳
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