ドリーム小説






夢語り  前編


人影も少なくなった夕暮れ――。
簡素な衣を身に纏い、虚ろな目をした少女が邸の入り口近くに立ち尽くしていた。
背中を流れる黒髪は艶を失ってはいるものの、以前は長く豊かなものであったことが窺える。
時折吹く風に遊ばれて、髪がふわりと浮かんでまたもとの位置に戻る。
それでも手で押さえることもなく、ただその場にいた。










      夢語り  前編










いつもより早い時間に仕事を終えた戸部尚書・黄奇人―本来の名を鳳珠―は、邸の入り口近くに立ち尽くす少女に目を留めた。
少女は何をするわけでもなく、ただ立ち尽くしている。
しばらく様子を見ていたが、誰かを待っているわけでも、何かを探しているわけでもないようだ。
その証拠に少女の目線はある一点に固定されたまま動いていない。
よくよく見てみれば、纏っている衣は簡素なもので、本来なら結われているはずの髪は背中を流れている。
そのような者を見ること自体さして珍しいことではない。気にすることなく邸の中に入れば良いことだ。
だが、鳳珠は何故かこの少女から目線を外せずにいた。

このまま少女の横を通りすぎることができない。どうしても気になってしまい、その姿を追ってしまう。

苦渋を浮かべていたが、ふっ、とため息を一つ吐くと、ゆったりと少女に近づいた。
仮面を外してから声をかけた。

「こんなところで何をしている?」
「…………」

美声を聞いても少女は動揺することもなく、ゆっくりと顔を鳳珠のほうへ向ける。

「誰かを待っているのか?」
「…………」

問いには答えずに緩く頭を横に振る。

「両親のもとに帰らなくてもいいのか?」
「……誰も……いないの……」
「……そうか……」

悲しそうにでも、寂しそうにでもなく、少女はただ淡々とした声音で答えるのみであった。
鳳珠は何とも言えず、ただ一言納得の言葉を呟くしかなかった。

声をかけてしまった以上、このまま少女をここに残しておくのは躊躇われる。
この様子では誰かが手を引いてやらない限り、ずっと立ち尽くしているのだろう。だからと言ってどこに送り届けるべきか……。
他に頼るべき者がいないというのであればなお更だ。

しばらく考え込んだ鳳珠は覚悟を決めたのか、ふっ、と小さく笑みを浮かべた。

「お前……行くところがないのならば、私のところにくるか?」
「貴方の……ところに?」
「あぁ……」

淡々とわずかに首を傾げて疑問を口にする。大きくはないが鳳珠ははっきりと頷く。
上目遣いに鳳珠を見つめて少女がぽつり、と呟く。

「貴方は……誰?」
「私は黄鳳珠。お前の名は?」
「……私は…………」

小さく名を繰り返し呟いた後、ゆっくりと答えた。
名を聞いた鳳珠は微笑を浮かべて、そっ、と手を差し出した。

……か。では、私とともにくるか?」
「…………うん」

差し出された手と鳳珠の顔を交互に見つめて、その意味に気づいたは微かに笑みを浮かべた。
己の手を鳳珠の手に重ねて頷いて肯定を示した。
重ねられての手をしっかりと握り、再び仮面を着けて邸の門を潜った。







主の帰宅にいち早く気づいた侍女たちはやや急ぎ足で出迎えた。が、幼い少女を引き連れて帰宅した主の姿に、侍女たちは驚きを隠せずに固まった。

何故あのように幼い少女を連れているのか……。
……まさか、誘拐してきたのか?
 いや、あの主に限ってそれはないだろう。
 では何故だろう?

そんな憶測が侍女たちの頭の中を駆け巡っていた。
彼女たちを我に返らせたのは原因を作り出した本人であった。

「すまぬが、この子に湯を使わせてやってくれ」
「……はっ?あの……」
「終わったら私の部屋に――」
「……かしこまりました」

疑問があるものの、あえてそのことには触れずに主の命を遂行すべく行動に移した。
鳳珠に背を軽く押されて侍女たちの前に出たは、侍女たちに手を引かれて歩き出した。
途中立ち止まり、わずかに不安な色を浮かべた瞳で鳳珠を見た。それに気づいた鳳珠は心配するな、と言葉にする変わりに首を軽く縦に振ることで答えた。
鳳珠の言葉が伝わったのか、はこくり、と頷いて再び侍女に手を引かれて歩いていった。
の姿が見えなくなってから、鳳珠は私室へ歩き始めた。







私室に戻ってきた鳳珠は椅子にゆったりと腰を下ろし、書物に目を通していた。
しばらくして扉を軽く叩く音が聞こえ、侍女の声とともにかすかに音を立てて扉が開かれた。

「失礼いたします……」

侍女の手に引かれても室に足を踏み入れた。そのまま鳳珠の前までくると、侍女は軽く頭を下げてから無言で室を去っていった。
カタッ、と軽く音を立てて腰を上げた鳳珠は一歩に近づいた。そしてぽつり、と呟いた。

「……見違えたな――」

綺麗に整えられたの姿を見て、感歎の声を上げた。

先ほどまで見に纏っていた簡素な衣は、見た目こそ華美ではないが清潔感があり、少女らしい色目のものを纏っている。
背中を流れていた黒髪は綺麗に結い上げられ、小さな簪を挿している。わずかに艶も戻ったようだ。
改めて見れば、整った顔立ちに少女特有の愛らしさも見え隠れしている。所謂美少女の部類に当てはまるだろう。

知らず、口元に笑みが浮かぶ。

は室に入ってからやや緊張した面持ちで、しかし目だけは逸らさずに鳳珠を見上げていた。
じっ、と鳳珠の顔を見つめていたが、着けている仮面が気になりぽつり、と呟いた。

「……仮面……外さないの?」

鳳珠が仮面を着けている理由を知らない者からすれば、当たり前と言えば当たり前の疑問である。
仮面を外すべきかどうか……判断に困るところである。だが、先ほどこの少女に素顔を見せていたことを思い出した。

(そういえば先ほど仮面を外したのだったな。……今さら隠したところで変わりはないか……)

一つため息を吐くと、紐を解いて仮面を外した。外した拍子に髪がさらり、と前に流れる。

「これでいいか?」

現れた素顔を見て、はこくり、と頷いた。素直に頷かれて、鳳珠は苦笑いを浮かべるしかなかった。
どうやらこの少女はこの顔に抵抗はまったくないらしい。一緒に暮らしていく上では好都合だ。

、今日からここはお前の家だ。何か不都合があれば言ってくれてかまわぬ」
「はい――」

嬉しそうに答えるに思わず笑みが浮かぶ。
しかしそれも一瞬のこと、すぐに首を傾げて何かを考え込んでしまった。しばらく考え込んでいたがぽつり、と呟いた。

「……貴方が私の兄様になるの?」

この言葉に鳳珠は見事に固まった。
今日からの家だと言ったが、兄になるつもりなど毛頭ない。確かに保護したというからには兄のようなものではあるが……。

「違うの?」
「………………違う」

たっぷりと間をおいて否定した。どこか重々しく、疲れが見える。
わずかに眉間に皴を寄せて、は唸った。

「じゃあ……何て呼んだらいいの?」
「名で良い――」
「……鳳珠様?」
「違う……」
「……鳳珠?」
「それでいい――」

やっと欲しい答えがあり、鳳珠は嬉しげに笑みを浮かべた。

本人が良いとは言うものの、拾って……保護してくれた相手。それも年上の人を相手に呼び捨てはいかがなものかと躊躇われる。

「でも……」
「私がいいと言っている。気にするな」

言わんとするところを察して、即座に答えを返した。
きっぱりと言い切られて、は何も言えなかった。





こうして、鳳珠との新たなる生活が始ろうしていた――。




















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この作品はサイト3周年記念に書かせていただきました。
月城チアキ様リクエストの鳳珠夢です。

某チャットで出たネタ、彩雲国in源氏物語(……になっているか不安なところ)です。
一応内容的には出会い編(?)となっております。
えっと、「兄様」と呼ばれて固まる鳳珠様が書きたかっただけです。(マテ)
あっ、鳳珠様が決してロリコンだというわけではありませんよ?
これだけは言っておかないと!!

かなりノリノリで書いていたため、1作品分にまとまりきれませんでした。
す、すみません!!私の力不足です、はい。
というわけで前後編でお届けとなります。
後編は今しばらくお待ちくださいませ。

駄作ながらサイト3周年記念にお贈りさせていただきます。
もちろん返品も可ですので、ご安心を。

2006.3.12   水原 琳

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