ドリーム小説






懐かしき日に


戸部尚書を務める黄鳳珠は持ち帰ってきた書類を自室で片付けていた。せっかくの休日だというのに、一人で部屋に閉じこもっている。
戸部の長官である彼には休みというものがあまりない。もともと人手不足ということと彼のやり方についていけない官吏が多いのが原因だ。
それは決して鳳珠のやり方が横暴というわけではなく、率先して仕事をテキパキと片付けていく彼に他の官吏たちがなかなかついていけないということなのだ。その日のうちに片付かなかった戸部の仕事はすべて鳳珠が残業して片付けるか、邸に持ち帰って片付けたりしているのだ。
もちろん今日もその例外ではない。

さてこの黄鳳珠という男、人とは違った出で立ちをしている。
いったい何が違うのかと言うと、常に仮面をつけて生活しているのだ。いつも仮面をつけているため、その素顔を知るものは数少ない。
おかげで実はとても醜い顔をしているから仮面を被って隠しているなどの噂があちらこちらで囁かれているのだ。
その仮面に隠された素顔は……。



この世のものとは思えないほど美しさを持った顔である――。



しかし美しいのは顔だけではない。その声も髪も美しいのだ。
彼の顔を見た者、声を聞いた者は必ず再起不能になったり、気を失ってしまったりしてしまう。もちろん中にはちゃんと免疫を持った者もいるのだが、それはごく限られた人たちだけだ。
そのこともあって、彼は自宅にいるときでも入浴などの限られたとき以外は、こうして仮面をつけて日々を過ごしている。
こうしないと邸の誰もが使い物にならなくなってしまうからだ。




テキパキと書類を片付けていると、やや左にある背後の扉が軽く叩かれる音がした。返事を返す間もなく扉が開かれた。

「失礼いたします」
「何だ?」
「あの、お客様がお見えです」

淡々と返事をしながら書類を片付けていたが、侍女の言葉がふと気になった。忙しく動かしていた手をピタリ、と止めて振り返った。

今日は誰とも会う予定はなかったはずだ。
もし会うとしても何かしら前もって知らせてくるだろう。中には例外の人物もいるのだが……。

そう思った鳳珠は無意識のうちに怪訝な声で聞き返していた。

「客?」
「はい!!同じ女性の私たちが惚れ惚れとするぐらいに綺麗な女性の方です」

主に尋ねられて、待ってました!!と言わんばかりの顔で一気に捲くし立てた。興奮しているせいか、事細かにその女性のことを話している。
女性と聞いて鳳珠はさらに眉を顰めた。
初めはそんな人物に心当たりがまったくなかったのだが、詳しく話を聞いているうちにある一人の人物の顔を浮かんだ。

(いや、しかし……まさかな……)

一生懸命に話していた侍女は、ふと急に黙りこんでしまった主に気づいた。
何か失礼なことを言ってしまったのだろうか?と心配になった彼女は恐る恐る声をかけた。

「あ、あの……」
「……すまないが、こちらに通してくれ」
「あっ、はい!!かしこまりました」

考えていても始まらないとその女性と会うことを決めた。かと言って仕事をそのままにしておくこともできない。
それならば、いっそのことこちらに通したほうが手間も省けて丁度いいだろうと判断した。
それを鳳珠から言われてぺこり、と頭を下げると、その女性を案内するべく部屋を出て行った。
パタン、と音を立てて扉が閉まったことを確認してからそっ、と息を吐き出した。










      懐かしき日に










この日、珍しく邸の中は慌しかった――。
それというのも一人の女性が鳳珠を訪ねてきたことによる。

いつものように玄関を掃除していた侍女の一人が、ふと背後に人の気配を感じて手を止めた。誰だろう?と手に箒を持ったまま、ゆっくりと振り返った。
振り返った先、目に飛び込んできたのは見事な刺繍が施された衣の裾。ついで視線を上に少し移せば、見るからに上等な衣を幾重にも纏った女性が佇んでいた。
上等な衣を見に纏っているものの、決して派手ではなく、ずっと落ち着いた色合いのものを纏っている。
膝辺りまである漆黒の髪は横の部分だけを掬い、上の部分でまとめて髪飾りを挿している。後はそのまま自然に後ろへと流している。
髪に挿した髪飾りは細かな細工が施されており、より一層女性の美しさを引き出している。
どこからどう見ても、名家の令嬢といった雰囲気である。
侍女は驚いて固まった。
主である鳳珠を訪ねてくる者は少ない。特に女性というものは今まであまり見たことがなかった。
驚いて固まっている彼女はさらに目を軽く開き、呆然と女性の顔を見つめた。見に纏っている衣装も、髪に挿した髪飾りも美しいこともさることながら、その顔立ちも美しいのだ。
同じ女性である彼女も思わず見とれてしまうほど整っている。一度目にしたら早々忘れることはできない。
女性を見つめている彼女の頬は心なしかわずかに赤く染まっている。

「ねぇ、そっちの掃除終わった……の……」

同じ侍女仲間である女性が彼女の様子を見にやってきた。が、彼女の前に立つ女性の姿を見て固まった。女性のあまりの美しさに同じように顔を赤く染めて、ぼ〜〜っ、と見惚れてしまった。
一方、二人の目の前に立っていた女性は困惑した。自分を見た途端に固まってしまったのだ。
邸に使えているらしい侍女が二人揃って、ぼ〜〜っ、と自分を見つめている。目がかすかに潤んで見えるのは気のせいだろうか……。

(どこか変なのかしら?)

わずかに首を傾げて、自分の体を見てみる。よく確かめてみたが、これといっておかしいところはない。
さらに疑問は募った。ふと目線を前に戻ると、先ほどと変わらずに二人が自分を見つめている。
こうしていてもしかたがないと思い、すぐ目の前にいる侍女に声をかけた。

「あの〜〜」
「あっ……はい!!」

ぼ〜〜っ、と見つめていた侍女は声をかけられてハッ、と我に返った。後ろにいた同じ侍女の女性もハッ、と気づいたようだ。
侍女から返事があったことに安堵しつつ、笑みを浮かべて告げた。

「鳳珠兄様……いえ、鳳珠様に取り次いでいただけますか?」
「はい、ただいま!!」

用件を聞いた侍女は返事もそこそこに慌てて鳳珠のもとへと駆けていった。
その場に残された二人は慌てて駆けていった侍女の後ろ姿をほけっ、と見つめていた。
姿が見えなくなるまで見つめていたが、ハッ、と自分の仕事を思い出した侍女はひとまず、女性を別室へと案内した。









再び書類を片付けていた鳳珠は、扉を軽く叩かれる音に気がついた。ピタリ、と手を止めて扉のほうに振り返った。
失礼いたします、という声とともに扉が開かれた。先ほどやってきた侍女とその後ろに客であろう女性の姿が見えた。
パタン、と扉を閉めて部屋の中に入ってきた侍女は、一歩前に進み出ると頭をペコリ、と下げた。

「お連れいたしました」

一言を言い終えると、再び後ろに下がった。客である女性が前に出るような形となる。

「あぁ、ごくろう……」

侍女に向けていた目線を女性に合わせた途端、目を丸くして固まった。
目に飛び込んできたのは、幼い頃よく一緒に遊んだ年下の少女の成長した姿。あのころの面影を残したまま、少女は女性へと変わっていた。



最後に会ったのはいつだったのか……。



記憶の中にある少女の姿がはっきりと思い出される。
あまりに綺麗な女性へと成長していた幼なじみの姿に、ただ呆然と見惚れていた。
一方女性は、久しぶりに会う年上の幼なじみの姿に知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
あたりに漂い始めた何ともいえない雰囲気。
それを素早く察知した侍女は、気をきかせてそっ、と部屋を出て行った。
パタン、と小さく扉が閉まる音が辺りに響いていた。その音でハッ、と我に返った鳳珠は目の前に立つ女性をまじまじと見つめた。



本当に幼なじみの少女なのだろうか……。



まだ納得できずに、失礼かとも思ったが尋ねた。

「…………なのか?」
「はい」
「本当に?」
「そうですわ、鳳珠兄様……」

嬉しそうに笑みを浮かべて、はっきりと答えた。
彼女は確かに自分のことを『鳳珠兄様』と呼んだ。こんなふうに自分のことを呼ぶのは以外、他にはいない。
ようやく自分の中で納得でき、なぜかほっ、とした。

「鳳珠兄様?」
「あぁ、すまない。立ち話もなんだ、そこにある椅子に座ってくれ」

急に黙りこんでしまったことを不思議に思い、首を傾げた。声をかけられてきづいた鳳珠は謝罪すると、椅子に腰掛けるように促した。
促されて腰を下ろしたは必然的に鳳珠と向かい合う形となった。
ふと目の前に座る鳳珠が仮面をつけていることが気になった。

「鳳珠兄様、どうして仮面をつけているのです?」
「いや、それは……」

口ごもる姿を見て、何かいいたくないわけがあるのだろうと思った。あえてそのことには触れずに提案した。

「はずしたらいかがですか?」
「だが……」
「ここには私と鳳珠兄様以外には、誰もいないのですから……」
「……そうだな」

いくら自分の顔を見ても気を失うことはないだろうと思っていても、最後に顔を合わせた日を考えると仮面をはずすことを躊躇われた。
しかし目の前でにっこり、と笑みを浮かべて言われてしまっては、はずすしかない。
覚悟を決めて仮面に手をかけた。仮面を固定している紐を解いていく。
ゆっくりと仮面をはずしたとき、仮面に押さえつけられていた髪が一房さらり、と前に流れた。
仮面に隠された素顔を見た途端、はハッ、と息を呑んだ。
昔と変わらず……いや、それ以上に美しくなった鳳珠の姿を見て、無意識のうちに笑みを浮かべた。

「ところで、どうしたんだ?前触れもなしにやってくるなど……」
「えっ?……ただ急に鳳珠兄様に会いたくなったから……」

急に訪ねてきた幼なじみを疑問に思い尋ねた。
会おうと思えばもっと早い時期に会えたはずだ。それなのに今日わざわざ訪ねてきたということは何かあったということだろう。
何よりの様子がおかしい。他の人が見れば些細なことだが、時折寂しそうな悲しそうな何ともいえない表情を浮かべているのだ。

――」
「はい……」
「本当の理由は何だ?」
「本当の理由とは?私はただ鳳珠兄様に会い……」
、気づいているか?
昔から何か隠し事をしているときは、わずかに目を伏せていることを……」

すべてを言い終える前に鳳珠が口を挿んだ。
眉をわずかに顰めてまわりの人たちはおろか、その本人でさえも気づいていない癖について指摘した。

「えっ?」
「誤魔化しても無駄だ」
「……鳳珠兄様にはやはり敵いませんわね」

自分でも気づいていなかった癖を指摘されては焦った。
しかしだからと言って、本当のことを話すのは躊躇われた。本来これは自分自身の問題であって、誰かにどうにかしてもらうようなことはできない。
例えそれが幼なじみである鳳珠であってもだ。
話すべきかどうか躊躇っていたが、鳳珠の顔を直視した途端にそれも薄れてしまった。
一つため息を吐くと、諦めて本当の理由を話し出した。

「実は……私、もうすぐ結婚するんです」
「結婚?」

『結婚』という言葉を聞き、鳳珠は珍しく動揺した。しかしさすがというのか、それは決して表には出さずにいる。

「えぇ……。お話がありまして、私を是非妻に、と……」
「それで……」
「それで?」
はいいのか?」
「いいも何も……断れるお話ではありませんもの」

わずかに目を伏せて、悲しげに微笑んだ。もうすでに自分の中で諦めてしまっている、といった様子だ。



を是非私の妻に――。



と申し込んできたのは、その地域ではそれなりに名の知れた名家の子息からだった。の家もそれなりに名のある商家なのだが、結婚を申し込んできた男と比べると数段下になる。
さらにこの男の家は一番の取引先であったため、断れば今後一切の取引をしないと、と言ってきたのだ。家を潰すわけにもいかないと、泣く泣く男の妻となることを承諾したのだった。

「ですから……結婚をしてしまう前に、鳳珠兄様にお会いしたかったのです」
「そうか……」

本当のことを聞かされた鳳珠はただ一言頷くしかできなかった。



二人の間に沈黙が流れた――。



暗い雰囲気が漂い始めたことに気がついたは焦った。
このまま黙っていてはせっかく鳳珠を訪ねてきた意味がなくなってしまう。それに……会えるのは今日で最後になるかもしれないのに――。
顔を上げて目についたのは、さらさらと肩を流れる鳳珠の髪。艶があり、癖のない髪をしている。
ふと昔の記憶が鮮やかに思い出された。

「それにしても、鳳珠兄様の髪はいつ見ても綺麗ですわよね――」
「……そうか?」

少し考え込んでいた鳳珠はわずかに遅れて反応した。
無理に笑顔を浮かべて話すの姿に、心が痛んだ。本人はちゃんと笑っているつもりなのであろうが、とてもそうは見えない。むしろ今にも泣きそうだ。

「そうですわ。だから、いつも鳳珠兄様を羨ましく思っていましたのよ?」

苦笑いを浮かべながら、カタン、と音を立てて立ち上がった。そのまま鳳珠の傍までくるとその髪にそっ、と触れた。
昔触れたときと変わらぬ、しっとりとした触り心地に思わず目元を和ませた。さらさらと指から滑り落ちていく髪を見ながら、悔しそうに小さくぽつり、と呟いた。

「だから……好きだと言えないのよね……」
「だが、私はの髪のほうが綺麗だと思うが?」

丁度目の前にあるの髪を一房掬うと軽く口付けた。
自然な動作で口付けた後、髪を指に絡ませながら笑みを浮かべて見上げた。必然的にの顔を覗き込むような形となる。
突然のことにはわずかに頬を赤く染めて固まった。

(鳳珠兄様って、こういう方だったかしら……)

指に絡ませていた髪を離した鳳珠は、スッ、と立ち上がった。そして、混乱したまま固まっているをそっ、と優しく抱きしめた。
抱きしめられてさらに身を強張らせるの耳に口を寄せて囁いた。

「私は好きだが?」

次の瞬間、顔ばかりか首まで真っ赤に染めて絶句した。言われた言葉が信じられずに、は呆然と呟いた。

「嘘……」
「嘘ではない――」

即座に否定された。先程よりもはっきりと真剣な声音だ。その言葉をはっきりと耳にしたの瞳からは涙が溢れた。



幼い頃からずっと大好きだった人――。



でも自分はどうせ妹ぐらいにしか見られていないのだから、と思いを伝える前から諦めていた。



それなのに――。



泣きやむ様子の見えないに、はっきりとした声で申し込んだ。

「私の妻になってくれないか?」
「……っ!!はい、鳳珠兄様――」

目に涙を溜めたまま、嬉しそうに笑みを浮かべて鳳珠を見上げた。それを見て、鳳珠は穏やかな笑みを浮かべると、さらにを強く抱きしめた。

「鳳珠兄様!?」
、私はもう兄ではないのだが?」
「あっ!!……鳳珠様――」

ニヤリ、と意味深な笑みを浮かべて囁いた。
その言葉の意味を理解したは、初めは戸惑っていたが恥ずかしそうに小さく名を呼んだ。
耳まで真っ赤に染めているに、満足そうに笑みを浮かべるとそっ、と口付けた。



その後――。
を私の妻に、と申し込んできた男にこの話をなかったことにして欲しいと頼み込んだ。もちろん初めは渋っていたが、の相手が黄家の者だとわかると否やあっさりとその身を引いた。



それから二人は無事に夫婦となり、仲睦ましく暮らしたそうだ――。




















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この作品はサイト5万ヒット記念に書かせていただいた、月城チアキ様リクエストの黄鳳珠夢です。
月城様、リクエスト通りになっているでしょうか?

今回初挑戦(またですか?)だった、私も大好きなvv鳳珠様夢vv
リクエストを頂いて即座に浮かんだのが、鳳珠様が髪に口付けをするシーンでした。(爆)
私には珍しく甘いお話となりました。(これって甘いですよね?)←聞くなよ
もうひたすら私の趣味全開の話となってしまいごめんなさいっ!!
妄想し出したら止まらなくなってしまいましたので……。(焦)

こんな駄作ではございますが、サイト5万ヒット記念にお贈りいたします。
いらなかったら返品してくださってもかまいませんので。(苦笑)

2005.3.8   水原 琳

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