ドリーム小説
優しい瞳 6 秘密
あのときはこんなことになるとは予想していなかった――。
まさかあいつがここまで姫に気を許すとは……。
しかし、姫を泣かせるようなことがあれば容赦はしないぞ――。
6 秘密 〜大きな秘密、小さな秘密〜
ある日の昼下がり――。
いつものように式部卿宮の邸を訪れていた六合は、の自室で穏やかな時間を過ごしていた。
柱に凭れかけての話に耳を傾けていた六合だったが、部屋の外に人の気配を感じてそちらに目線を向けた。
楽しそうに話をしていたはふと、六合が違うほうに目線を向けていることに気が付いた。不思議に思ったはわずかに首を傾げて尋ねた。
「彩W?どうかしたの……」
そう言いかけたとき、御簾の向こうからカタン、という音が聞こえてきた。
は即座に振り返った。
「姫様、失礼いたします」
付きの女房である卯月が控えめに声をかけてきた。
「卯月?どうしたのですか?」
は不審に思った。六合がのもとを訪れたときは必ず、急な用が無い限りは部屋に来ないで欲しい、と伝えてある。
しかしそれにもかかわらず部屋に来るということは、何かあったということなのだろうか。
「実は晴明様から文が届いているのですが、いかがいたしましょう?」
「晴明様から?」
六合は卯月の言葉に疑問を持った。
(晴明からの文?どういうことだ?)
「はい、こちらにお持ちいたしましょうか?」
「お願いできますか?」
「かしこまりました」
ペコリ、と一礼すると晴明からの文を取りにその場を後にした。
しばらくして晴明からの文を携えて卯月が戻ってきた。
御簾を片手で上げて部屋の中に入ると、の前に文を差し出した。
「こちらにございます」
「ありがとう」
「いえ、何かございましたらお声をおかけください」
が文を受け取ったことを確認すると静かに部屋を出て行った。
卯月が部屋から完全に見えなくなってからは文に目を通した。
「、晴明は何と言っているんだ?」
えっ?と不思議そうな声を上げて六合を見つめていたが、あることに気づきくすくすと笑い出した。
「彩Wは知りませんでしたわね。これは晴明様からの文ではなくて、彰子様からの文なのです」
六合は軽く驚いた。
「そうなのか?」
「えぇ」
晴明の名で彰子からの文が届くのには理由があった。
が彰子との約束である文を書き上げ、いざ送ろうとしたところであることに気づき困ってしまった。
彰子の立ち振る舞いからどこぞの貴族の姫君であることは、同じ姫であるにはすぐにわかった。何らかの理由があって安部家に滞在中なのだろう、と思っていたは彰子宛に文を送ってよいものなのかと迷っていた。
判断に困ったはそのことを記した文を彰子宛の文と一緒に晴明のもとへ届けさせた。
その後晴明から送られてきた文には、彰子様宛の文はこの晴明の名を使って届けさせるのがよろしいでしょう、と記されていた。
それからというもの、晴明の名を借りて彰子と文のやり取りをしているのである。
「それで、何と書いてあるんだ?」
「それは……秘密です」
文の内容が気になって尋ねた六合だったが、は笑顔に誤魔化されてしまった。
こうなってはいくら聞いても教えてはくれないだろう、と六合は諦めるしかなかった。
は文に目を通しながら嬉しそうに微笑んでいた。
(彰子様もおもしろいことおっしゃいますこと。
でもいくらなんでもこれは……彩Wには教えられませんわよね)
数日後――。
は六合に内緒で安部邸を訪れていた。
主である昌浩がいない部屋で彰子とはこそこそと何やら楽しそうに相談をしている。
その様子を柱に凭れかけて腰を下ろして見ていた勾陳がわずかに眉を顰めた。隣には珍しく天后が腰を下ろして笑みを浮かべて二人の様子を見守っていた。
ふと勾陳が天后に声をかけた。
「それにしても珍しいな。天后がこちらに来るなど……」
天后は勾陳に目線を移し、控えめに微笑みながら答えた。
「もう一度姫とお会いしたかったのです。
この前はご挨拶をしただけでゆっくりとお話する暇がありませんでしたから……」
「そうか……」
天后の答えに納得したのか勾陳は口を閉じた。
普段天后は晴明の傍に控えていることが多い。晴明の傍を離れることのない天后がこうしてここにいるのだ。そのため勾陳は尋ねたのだった。
二人は十二神将たちの中でも見た目の年齢が比較的近いために、他の神将たちと比べて特に仲がよいのだ。
「しかし、姫たちはいったい何を話しているのだ?」
勾陳の言葉に天后がわずかに首を傾げて同意を示した。
二人が疑問に思っていると相談を終えたのか、二人の姫はすっ、と立ち上がって二人の前まで移動してきた。
不思議な顔で二人の姫を見上げていた勾陳と天后だったが、二人の姫の言葉に己の耳を疑った。
「これから二人で出かけてきますね」
「出かけるとは?」
「彰子様が市に連れて行ってくださると……」
唐突なことに勾陳と天后は目を丸くしてお互いを見つめた。
二人で一緒に出かけられる嬉しさに二人の姫は笑顔を浮かべている。
勾陳はあることに気づき尋ねた。
「しかし姫、市にならば六合が連れていってくれるのでは?」
「それが……、市に行きたいと言ったらだめだと言われてしまいましたの」
少し困ったような悲しそうな笑みを浮かべて答えた。
その様子を見た勾陳はそっ、と嘆息した。
四人は市の入り口に来ていた。
彰子は被衣をかぶり、は市女笠をかぶって顔を隠している。その後ろには勾陳と天后の姿も見える。
は前方に広がる景色に目を丸くした。
物売りや帰る途中であろうどこかしらの貴族の牛車など様々な人たちで溢れかえっている。路沿いには海産物や野菜、小間物や布などが地面に敷かれた莚に乗せられてずっと先まで並べられている。
話に聞いていたよりも賑やかな様子には驚かずにはいられなかった。これが市というところなのだろう。
呆然のしているに彰子がいつもこういう感じなのです、と笑顔を浮かべて説明していた。
その様子を後ろで見ていた勾陳はそっ、と嘆息した。
本当ならば体の弱い貴族の姫であるを市に連れて行くことは避けたかったのだが、あの顔を見てしまった以上止めることはできない。
そう思った勾陳は用が済めばすぐに邸に戻ること、自分と天后の二人を護衛に連れていくこと、この二つと引き換えに二人が市に行くことを承諾したのだった。
もし本当に危険があるというならば、晴明が止めるだろう。しかし何も言ってこない、ということは別に問題はないのだろう。
は彰子と一緒に端から順に並べられているものをじっくりと見ている。初めて目にするものには興味津々といった様子で先へ進んで行った。
途中で彰子が他に買うものがあるから、と言っての傍を離れていってしまった。彰子の護衛をするために天后が後を追って行った。
彰子の後姿が人混みに紛れるまで見送った後、は再び歩き出した。
はふとあるものが目には入り立ち止まった。立ち止まった前には色や形が様々な装飾品が並べられている。
は目についた装飾品を一つ手に取り考え込んだ。
「ねぇ、勾陳。六合に何を差し上げたら喜んでくださると思いますか?」
「姫が選んだものならば何でも喜ぶと思うが?」
「そうですか?」
ぽつり、と尋ねてきたに勾陳は微笑を浮かべて答えた。手に持った装飾品を見つめたままわずかに首を傾げている。
「しかし、姫。なぜ六合に?」
「それは……」
「それは?」
「いつも六合に助けられてばかりですから、少しでもお礼がしたくて……。
それで何かを差し上げようかと……」
「そうか……」
疑問に思い尋ねた勾陳だったが、らしい答えに笑みが溢れた。
他の人たちには聞こえないようにこそこそと会話していた二人に、中年の女の物売りが声をかけてきた。
「どうだい、綺麗だろう?」
「えぇ、本当に――」
「お嬢さん美人だから安くしておくよ?」
「……これを二つください」
持っていた装飾品を女に渡し包んでもらう。随分と迷っただったが、いつも持っていられるもののほうがいいだろうと結局これにすることに決めたのだった。
「はいよ。お嬢さん美人だからおまけしといたよ」
「ありがとうございます」
代金を渡して女から品物を受け取り、その場を後にした。
と勾陳は彰子と天后を捜して人混みの中を歩いていた。
「彰子様はいったいどちらでしょう?」
「これだけ人が多いと捜すのも難しいな」
そう会話しながら歩いているときでも、あまりの人の多さにすれ違う人たちの肩に押されて先に進むことがなかなかできない。
は何度か危うく転びそうになっていた。その度に勾陳が心配しているのだが、普通の人には見えない勾陳は手を貸すことができなかった。
そうやって歩いているうちに、は先程よりも強く押されて路の中央に出てしまった。
「姫!?」
「大丈夫です」
慌てて勾陳がの傍まできて顔を覗き込んだ。が体を起こそうとしたとき後ろから牛車が走ってくる音が聞こえてきた。
ハッ、と二人が振り返ったときには、すでに牛車の形がはっきりと見えるほど近づいてきていた。は呆然とその様子を見つめたまま動けなかった。
勾陳はすぐにでもを助けたいのだが、神将である自分が助ければもっと大きな騒ぎとなってしまう。勾陳は選択を迫られていていた。
集まっていた人々の間から悲鳴の声が上がっている。
そのとき、が押し出されたときは逆のほうから一人の青年が飛び出してきた。青年は座り込んでいるの腕を掴み、引きずるようにして反対側に倒れこんだ。倒れこんださいに自分がの下敷きになるように、の下に体を滑り込ませ、抱えるようにしていた。
二人が倒れこんだと同時に牛車は何事もなかったようにその場を通り過ぎて行った。
は一瞬のことに呆然としていた。自分が助かったことだけは周りの人たちの声で何とか理解できた。
完全に牛車が通り過ぎていったことを確認してから青年は身を起こした。同じように青年の手を借りても立ち上がった。
「大丈夫ですか?どこか痛むところはありませんか?」
「いえ、大丈夫ですわ」
心配そうな顔で尋ねてきた青年には笑顔を浮かべて答えた。そのとき、人混みの向こうから少女特有の甲高い声が聞こえてきた。
「様!!」
二人は声がしたほうを振り向いた。
「あ……姫様!?」
彰子と天后の姿を見つけて名を呼ぼうとしただったが、青年が隣にいたため咄嗟に姫様、と呼んで誤魔化した。
「無事でよかったです……」
彰子はの無事な姿を見てほっ、と安堵のため息を吐いた。天后も同じような笑みを浮かべている。
たちと別れてから無事に買い物を済ませた彰子は、たちを捜して人混みの中を歩き回っていた。
たまたま通りがかった人たちが、向こうのほうでどこかの姫様が牛車に轢かれそうになっているらしい、と話しているのを聞いて焦った。
(その姫様というのはもしかして様のことでは……)
彰子は心配になり、急いでその場所へ向かったのだった。
「ご心配をおかけしましたわ。
こちらの方が助けてくださらなかったらどうなっていたのか……」
「そうだったのですか」
「あの、お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
二人の会話を黙って聞いていた青年は慌てて答えた。
「あっ、私は藤原敏次と申します」
「藤原敏次様とおっしゃるのですね。
敏次様、先ほどは助けていただきありがとうございました。
何とお礼を申し上げたらよいのか……」
「いえ、そんな、お礼を言われるほどのことでは……」
「でも……」
「本当にどうぞお気になさらないでください」
ペコリ、と頭を下げてお礼を述べるに敏次は笑顔で答えた。
そろそろ邸に戻ったほうがいいと判断した勾陳がそっ、と声をかけて促した。
「姫、そろそろ……」
「敏次様、助けていただき本当にありがとうございました。では……」
勾陳の言葉の意味を理解したは、もう一度穏やかな笑みを浮かべてお礼を述べると人混みの中へと消えていった。
その場に残された敏次は頬をわずかに赤く染めて、たちが去っていったほうを見つめていた。
安倍邸への帰り道、彰子はあるものをに渡した。
「あっ、そうだ。様これ……」
「えっ?まあ、私の市女笠。どうして彰子様が?」
彰子がに渡したのは、の市女笠だった。どうして彰子が持っていたのか、と疑問に思っていると彰子が話し出した。
「様のもとへ行く途中で拾ったのです」
実はのもとに駆けつける途中、市女笠が落ちていることに気づいた彰子はのものだと思い拾っておいたのだ。
「そうだったのですか、気が付きませんでした。……あっ、どうしましょう?」
ふと重大なことに気づきは声を上げた。急に声を上げて立ち止まってしまったを三人は不思議な顔で見つめた。そして次の言葉に目を見開いた。
「敏次様に顔を見られてしまいましたわ」
そこで三人はハッ、と気が付いた。彰子がの市女笠を持っていたのだから当然、路を行き交う人々に顔を見せていたことになる。
本来、成人の証である裳着を済ませた女性は男性に素顔を見せてはならないことになっている。素顔を見せてもよいのは夫となった男性のみなのだ。
しかしは先ほど敏次に偶然とはいえ、素顔を見せてしまったのだ。
神将である勾陳と天后はすっかり失念していた。貴族の姫である彰子も同じである。
「どうしましょう……」
「姫、そう心配をしなくても大丈夫だと思うが……。
いくら顔を見られたからと言ってどこの姫だとわかるものではないし……」
「そうでしょうか……」
「あぁ……」
(たぶん……)
勾陳は続くであろう言葉を敢えて言わなかった。
それでもまだ納得できないは後ろの二人を見た。二人は勾陳の言葉に頷いて同意を示していた。
「そうですわよね。勾陳の言うとおり、そう簡単にわかるはずありませんのもね」
「そうですよ。さあ、早く邸に戻りましょう」
そう自分を納得させた。それを見計らって天后が急ぐよう促した。
安倍邸に帰りついた四人は丁度出かけようとしている昌浩ともっくんに出くわした。何やらとても慌てているようだ。
「昌浩、落ち着けって」
「これが落ち着いていられるか」
何だか二人で言い合っている。一向にこちらに気づく様子のない二人に彰子が声をかけた。
「昌浩、どうかしたの?」
「へっ?彰子?」
「そうよ。私がどうかしたの?」
彰子に声をかけられるまで気が付かなかった昌浩は、思わず間抜けな声を上げた。もっくんは呆れたような顔をして昌浩を見つめた。
「ほら見ろ。だから言ったじゃないか」
「だって……」
「どこかに出かけてるなら絶対に誰かがついてるはずだから、心配することはないと言っただろう?」
「それはそうだけど……」
まだ唸っている昌浩を無視して彰子はもっくんに尋ねた。
「もっくん、いったい何があったの?」
「あぁ〜、それはな……」
今から時を少し遡る――。
陰陽寮での仕事を終えて帰宅した昌浩はすぐに自室に向かった。
「ただいま、彰……子……?」
そこで昌浩の言葉は途切れた。
自室で自分の帰りを待っていれているはずの彰子の姿が見えない。いつもなら笑顔で自分の帰りを迎えてくれるはず……なのに、今日に限って彰子がいないのである。
昌浩は焦った。彰子に何かあったのかもしれない。急いで捜さなくては……。
そう思って慌てて部屋を出ようとしたところ、もっくんに呼び止められた。
「おい昌浩、どこに行くんだ?」
「どこにって……彰子を捜しに決まってるだろ!!」
「お前な〜、そんなに心配しなくても……。
どうせ市に行ってるだけなんだから、もう少ししたら帰ってくるだろ」
「でも、もっくん……」
「あのな、彰子が心配なのはわかるが考えてみろ。
いくらなんでも晴明が彰子を一人で市に行かせるわけないだろう?
絶対誰かがついてるはずだ」
「だけど〜〜。……やっぱり捜しに行ってくる」
「あぁ〜〜そうか。……って、おい!!昌浩、待てって!!」
大人しく待っていられない昌浩は部屋を出て行った。その後慌ててもっくんが追いかけて行った。
「……というわけだ」
「そうだったの」
「それより彰子、一応念のために聞くが……どこに行ってたんだ?」
「もっくんが思っていた通り市に行っていたの。様と一緒に」
「ほぉ〜〜。そうなのか……って、!?」
「へっ?様?」
「はい?」
彰子の言葉に思わず納得しそうになり、もっくんは素っ頓狂な声を上げて、ハッ、と気が付いた。彰子の後ろにと同じ神将である勾陳と天后の姿が見える。
一方今まで唸っていた昌浩はもっくんの声でパッ、と顔を上げて間の抜けた声を上げてを見つめた。
名を呼ばれたは素直に返事をし、笑顔を浮かべていた。
二人は瞬時に顔を強張らせた。
「ねぇ、もっくん……」
「なんだ、昌浩……」
「やっぱりまずいよね?」
「あぁ、まずいだろう?」
「何が『まずい』のですか?」
意味の解らない会話をしている二人に首を傾げつつは尋ねた。じっ、との顔を見つめた後、二人は顔を見合わせて頷きのほうに振り向いた。
「様、早く邸に戻ってください」
「昌浩の言うとおりだ。、早く帰れ」
「どうしてなのですか?」
理由がまったくわからずに尋ねてくるに二人は見事に声を揃えて答えた。
「「六合が待ってる!!」
「六合が!?まあ、大変ですわ。
急いで帰らなくては……彰子様、今日は本当に楽しかったですわ。
またご一緒しましょうね」
挨拶もそこそこには邸へと急いで帰って行った。その場に残された五人は心配そうな顔で見送っていた。
邸に帰りついたは女房たちに疲れているから一人にしておいて欲しい、と伝えてから自室へと向かった。
御簾を軽く上げて部屋の中に入るといつもの場所に腰を下ろし、不機嫌オーラを発している六合がいた。
は六合の傍までくるとそっ、と名を呼んだ。
「彩W……」
六合はわずかに顔を上げると、の右腕を強く掴み自分のほうへと引き寄せた。は突然のことに踏みとどまることができず、六合の胸へと倒れこんだ。
「彩……W?」
呆然としているの腰に右腕を回して、逃げ出せないように六合はしっかりと抱きしめた。そしての耳に口を寄せて、いつもより怒気を含んだ声音で囁いた。
「どこに行ってたんだ?」
「それは……」
は返答に困った。行くな、と言われていた市に行ってきたのだ。言えるわけがない。でもそれは場の雰囲気から許してくれそうもない。
どうしようか迷っていると六合が催促の声をかけてきた。
「……、どこに行ってたんだ?」
「……」
「……」
「……彩W?……ん……っ」
いくら待っても答えないに痺れを切らした六合は一つため息を吐くと、噛み付くように口付けた。
は目を丸くした。
六合がこんなふうに口付けをしてくるなんて――。
なかなか放してくれない六合には身を捩って何とか放れようとした。しかし、当然女であるよりも男である六合のほうが力は強い。
そのとき、カシャン、と音を立てて何かが床に落ちた。
音に気づいた六合がを放して床を見た。放されたも浅く呼吸を繰り返しながら床を見た。
そこには六合の瞳を同じ黄褐色の勾玉が二つ落ちていた。
軽く目を見張っている六合とは裏腹に、はあっ、と小さく声を上げていた。
「、これは?」
「……今日彰子様と市に行ったときに買ったものですの」
「市に?」
市と聞いた六合はわずかに眉を顰めた。
「、俺は市には行くな、と言っておいたと思うが?」
「それは……聞いていましたけど……」
「けど?」
「どうしても行きたかったのです。
いつも彩Wにいろいろな所に連れて行ってもらってばかりですから……。
私も何かを差し上げたくて……」
「だから市に行ったのか?」
六合の問いには小さく頷いた。その様子に六合は嘆息した。
(それならそうと早く言ってくれ……)
今日は朝から昌浩について陰陽寮に行っていた六合は、昌浩が仕事を終えて帰るところを途中で別れてのもとへ向かった。
式部卿宮の邸に着いた六合はすぐにの自室に向かった。が、部屋に入ると肝心のの姿が見えない。
また従姉姫のところにでも出かけているのだろう、と判断し六合は床に腰を下ろして待つことにした。
には五つ歳の離れた従姉がおり、時々その従姉姫のところに出かけて行くことがあるのだ。
だから今日もその従姉姫のところにでも出かけているのだと思っていた。が、夕刻になってもは帰ってこなかった。
いつもならば夕刻前には帰ってくるはずである。それなのに今日に限ってまだ帰ってこないのだ。
(従姉の姫のところへ行ったんじゃないのか?)
六合が疑問に思っている間にも刻々と時は過ぎていった。
結局が帰ってきたのは完全に辺りが闇に染まった頃であった。
六合はを抱きしめていた腕を解いた。不思議そうな顔で六合を見上げているにわずかに笑みを向けると、床に落ちたままの勾玉に手をのばした。
カシャリ、と音を立てて拾い上げた黄褐色の勾玉を六合は自らの首に掛けた。
「彩……W?」
「俺が貰ってもいいのだろう?」
「えぇ、気に入ってくださいました?」
「あぁ――」
六合の行動に目をきょとん、とさせていただったが、六合の言葉を聞いて思わず笑みが浮かべた。
六合はもう一つの勾玉を拾い上げると今度はの首に掛けた。
首に掛けられた勾玉を見つめては嬉しそうに笑みを浮かべ、六合見つめた。そして二人は自然に口づけを交わした。
「しかし、俺の言いつけを守らなかったのは事実だ――。お仕置きが必要だな」
「ご、ごめんなさい……」
「しばらくの間は外出はなしだ」
「えっ?彩W、それはあまりにも……」
「何だ?」
「いえ、何でもないです」
六合のいつも以上にはっきりとした意思には何も言えなかった。六合の言葉通りにしばらくの間、は外へ出してもらえなかった。
はふと市に行ったときのこと思い出した。
(市に行ったときに牛車に轢かれそうになって敏次様に助けていただいた……なんてことは、彩Wには言わないほうがいいですわよね?きっと……)
そう判断したは六合にこのことを話さなかった。
しかしこのとき下したの判断が、後にちょっとした騒動を引き起こす原因になろうとは……。
このとき、誰一人として知る者はいなかった――。

お待たせしました。「団欒」編の続き、「秘密」編をお届けしました。いかがでしたか?
タイトルが「秘密」ということで、六合に内緒で彰子と一緒に市に行かせてみました。
さすがにそれを知った六合は怒ってましたね。(説教?)
それにしても未だに口調がわかっていないというのに、また天后を出してしまいました。
皆様、天后の口調はこれで合っているでしょうか?(聞くな!!)
実はこの作品を執筆中にちょっとしたトラブルがありました。
私は普段作品をフロッピーに保存しているのですが、この作品を書き上げた翌日にファイルを開こうとしたところ、エラー(?)が発生!?
そのため前日に書き上げたこの作品がすべて消えてしまいました。ショックでした。(泣)
そのせいで私はしばらくの間、作品を書く気になれずにいました。
しかし!!いつまでも落ち込んでいるわけにもいかないので作品を書き始めたのですが、思うように進まなくて……。
どうやらショックでプチスランプに陥ってしまったようです。(最近はまだちょっとマシ……)
なので、当初私が考えていたものと多少違うものとなってしまいました。
基本的な話の流れは一緒ですけどね。(苦笑)
異様に長いあとがきを読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。
次の作品をお届けするときまでにはスランプから脱出できているといいのですが……。
それでは――。
2004.11.26 水原 琳