ドリーム小説
優しい瞳 3 発覚
いつも二人でいることが自然に見えた――。
お互いに相手を大切に思っていることがよくわかる――。
そんな二人を時々……羨ましく思った――。
3 発覚 〜偶然という名の策略〜
稀代の大陰陽師・安倍晴明の末孫である昌浩は自室の床に腰を下ろし、相棒の物の怪こと愛称・もっくんと某家の姫でありながら、現在安倍家で預かり中の身である藤原彰子の三人で楽しく会話していた。
「昌浩――」
十二神将の一人、勾陳がふっ、と姿を現した。急に姿を見せた勾陳を不審に思った昌浩は尋ねた。
「勾陳……、珍しいね。どうかした?」
あまり昌浩の部屋を訪れることのない勾陳が珍しく昌浩の部屋に来たのだ。
六合や太陰、玄武は部屋を訪れることは多いのだが……。
「晴明が呼んでいる」
「じい様が?」
えっ?という疑問の声で思わず聞き返した。
晴明が自分を呼び出すときは大概ろくなことがない。高い確率で……。
いや、むしろ絶対だ。
「なんだろう?俺、何かしたっけ?」
「ここで考えていてもしかたないだろう」
唸り声を上げながら考え込んでいる昌浩にもっくんが言い放った。それもそうだね、と呟くと腰を上げた。
「もっくん、行くよ」
「なんでオレまで……って、おい!!」
ぶつぶつと文句を言っているもっくんを無視して首根っこをひょい、と掴んだ。
二人の様子を黙って見ていた彰子はそっと微笑した。
昌浩に持ち上げられたまま、もっくんは強制的に晴明の部屋に連れて行かれることとなった。
晴明の部屋へ向かう途中、二人の言い合う声は途切れることはなかった。
「じい様、お呼びですか?」
昌浩が部屋に来ると、何かを占っていた晴明が顔を上げて振り返った。
「おぉ、昌浩。やっと来たか」
晴明と向かいあって腰を下ろした昌浩は、次にくるであろう言葉に身構えた。
「昌浩や、じい様がせっかく勾陳を呼びに行かせたというに……。
じい様悲しいぞ。とても悲しい。ものすごく悲しい。
陰陽師たる者いかなることにも対処できるように素早く行動せねばならん。
なのに、なのに、お前ときたら……。
一刻を争うようなことだったらどうするつもりだったのじゃ。
こんなことでは立派な陰陽師になどなれるはずもない。一から修行のやり直しじゃ。
あぁ、じい様は情けないぞ……」
口元に扇子を当てて、さめざめと泣きまねをする。いつもながら見事である。
昌浩は顔を引きつらせながら苦々しい表情で晴明が言い終えるのをじっと耐えていた。
(不憫だな……)
もっくんはそっと昌浩に同情した。
「ところで、じい様。いったい何のご用なのですか?」
「おぉ、そうじゃった。忘れるところであった」
今思い出したと言わんばかりの口ぶりである。
(忘れないでくださいよ)
昌浩は思わず心の中で突っ込んだ。晴明はあるものをごそごそと取り出し、昌浩の前に置いた。
「数珠……ですか」
「うむ。これをな、とある邸の姫君に渡してきてほしいのじゃ」
「魔除けの数珠か」
数珠を見つめたまま、もっくんが呟いた。昌浩は数珠を見つめたまま顔をむっ、とさせた。
「数珠を届けるだけなら何も俺じゃなくてもいいんじゃ……」
「何を言うか。これも陰陽師としての大切な仕事じゃ。文句を言わずにさっさと行ってこい」
昌浩の発言に有無を言わせずに答えると、もっくん共々部屋の外へ追い遣った。
まだまだ納得いかないのだが、祖父である晴明の言うことには逆らえない。
懐に数珠を忍び込ませると無言まま腰を上げた。
腰を上げたところで晴明は何かを思い出し、昌浩を呼び止めた。
「あぁ、そうそう。昌浩や、もしかしたらおもしろいものが見れるかもしれんぞ」
「はっ?」
ニヤ、ニヤと意地の悪い笑みを浮かべて、それは見るからに楽しそうに末の孫を見つめていた。
何のことだかさっぱりわからない昌浩はぽかん、と口を開けて晴明を見つめ返した。
もっくんももっくんで二人の様子をただ見つめていた。
(いったい何があるというんだ?)
「ほれ、何をしておるんじゃ。早く行ってこんか」
「あっ、はい。行ってまいります」
晴明の言葉で我に返った昌浩は、もっくんを連れて晴明の部屋を後にした。
晴明は二人の後ろ姿を見つめたまま笑みを浮かべ続けていた。
「晴明。どういうつもりだ?」
晴明の背後に勾陳が姿を現した。晴明と昌浩のやり取りを今まで隠形して聞いていたのだが、晴明の言動を不思議に思い尋ねた。
「どういうつもり……とは?」
「なぜわざわざ昌浩に行かせた。
数珠を届けるくらいなら、他の誰かに行かせれば済むことだろう。
相手はあの姫なのだから……」
恍けた口調で聞き返した晴明に、ため息混じりの声で言い返す。配下に下ったときから晴明の性格は変わっていない。
「それもそうじゃがな……、昌浩に行かせたほうがおもしろいと思わんか?」
「結局そこなのか?」
「そこなんじゃよ」
いつまでも楽しそうに笑みを浮かべている晴明の答えに、勾陳はそっと嘆息した。
式部卿宮の邸を六合がいつものように訪れていた。今日は珍しく、いつもより早い時間にのもとを訪ねることができたのだ。
自室で熱心に書物を読み耽っているを、六合は片膝を立てながら柱に凭れかかって見つめていた。
六合がのもとを訪れたときは、こうして時を過ごすことが多い。
口数が少ない六合をが気遣った結果だ。六合は六合で特に不満もなくこうしての傍にいる。
「……熱心だな」
「えっ?」
ふいに話しかけてきた六合に、は書物から顔を上げて見つめた。
六合の目線があるものに向いていることに気づき尋ねた。
「もしかして、これのこと?」
わずかに書物を上に上げて示してみた。の様子を見ていた六合が頷いて見せた。
「そんなにおもしろいのか?」
「おもしろいですよ。読んでみます?」
くすっ、と小さく笑い声を上げて微笑んだ。
のすぐ傍まで移動してくると手元を覗き込んだ。
熱心に書物を見ている六合を穏やかな笑みを浮かべて見つめていた。
「姫様、失礼いたします」
カタン、と音をさせて付きの女房である卯月が、御簾の外から声をかけた。二人は卯月のいるほうに自然と顔を向けた。
「卯月、どうしたの?」
しばらく一人にしておいてほしい、とは女房たちを控えさせておいたはずだ。
普通の人には六合の姿が見えないため、女房たちが傍に控えていると自由に六合と会話することができないのだ。
「実は、晴明様の使いの方がお見えになっているのですが……。いかが致しましょう?」
「晴明様の……」
卯月の言葉に六合は眉を顰めた。晴明がわざわざ使いをよこすなど……。なぜか嫌な予感がしてならない。
そんな六合の横ではわずかに考え込むと読んでいた書物をパタン、と閉じて答えた。
「こちらにお通しして――」
「かしこまりました」
軽く頭を下げると、晴明の使いを呼びにその場を後にした。
しばらくすると、卯月に案内されてまだ少年と思われる者が姿を見せた。
そのままの部屋の前までくると深々と頭を下げた。
卯月は御簾の傍で控えているつもりらしく、まったく動く気配がない。
は少年の傍にいる白い大きな猫のような姿をしたものに興味を覚えた。
しかしどうやら卯月にはまったく見えていないようだ。普通の人である卯月の前で尋ねるのはあまり好ましくない。尋ねればちょっとした騒ぎになってしまう。
どうしても気になったは、卯月に控えているように促した。
「卯月……。晴明様の使いの方とお話したいので、しばらく下がっていてくださいませんか?」
「しかし、姫様……」
「卯月――」
「わかりました。何かあればお呼びください」
大切な主であるを一人にしていくことに抵抗があるのだが、の有無を言わせぬ物言いにしぶしぶ承諾し、衣擦れの音をさせてその場を後にした。
卯月の姿が見えなくなったことを確認してから、少年と向き合った。
「ごめんなさいね。それで晴明様からの使いというのは?」
「はいっ。祖父からこれを姫君にお渡しするようにと……」
ごそごそ、と懐から数珠を取り出しての前に置いた。
その様子に穏やかな笑みを浮かべながら、数珠に手に取った。
「まあ、それはわざわざありがとうございます」
「いえ、いつも側に置いておくようにと祖父が言っておりました」
「おっ、イヤに親切じゃないか」
その様子を昌浩の横で見ていたもっくんが、からかうような声を出した。
「あなた、晴明様のお孫様なのでしょう?名前は何と言いますの?」
「――昌浩と言います」
『晴明の孫』という言葉を苦々しく思ったが、相手は貴族の姫である、答えないわけにはいかない。
いつものセリフが出そうになったが、辛うじて答えることができた。
「そう、昌浩殿と言うのですね。それで、隣にいる方は何とおっしゃるのですか?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、もっくんを見つめている。
「えっ?」
昌浩は驚きのあまりガバ、と顔を上げた。
隣でもっくんも目を丸くしている。
顔を上げてを見たとき、その後ろに見知った人がいることに気がついた。
「昌浩、どうしたんだ?何が……」
顔を上げたまま固まってしまっている昌浩を、不審に思ったもっくんは昌浩が見つめているほうに目を向けた。
昌浩の目線の先によく知る人物が、同じようにこちらを見つめたまま固まっている。
「り、六合?」
「なんでお前……」
お互い見つめあったまま、呆然としている。はその様子をきょとん、と見ていた。
昌浩たちと六合を交互に見つめながらぽつり、と呟いた。
「三人とも、お知り合いなのですか?」
「へっ?」
「まさか……」
「見えているぞ」
昌浩ともっくんの言いたいこと理解した六合は、代わりに答えてやる。
もっくんが見えることといい、なぜか六合がこの場にいることといい、まったくわからない昌浩は頭を混乱させていた。
(そうか、晴明が言っていたのはこのことか)
安倍邸を出る前に晴明が言っていた言葉を思い出し、もっくんはニヤリ、と笑みを浮かべた。
頭を混乱させているであろう昌浩を気遣って、六合がそっと教えた。
「は見鬼の才の持ち主だ」
六合の言葉にあっ、そういうこと、と昌浩は納得したようだった。それならばもっくんや六合が見えていても不思議ではない。
「様?これは物の怪のもっくんです」
隣のもっくんを指差しながら説明する。昌浩にこれ扱いされたもっくんは怒り声を上げた。
「これ言うな!!晴明の孫!!」
「孫言うな!!もっくん!!」
「もっくん、言うな!!」
「何を言う!!!物の怪のもっくんの分際で」
「物の怪言うな!!オレは物の怪じゃない――!!」
「では、何て呼んだらいいのですか?」
二人のやり取りを面白そうに笑みを浮かべて聞いていたが口を挿んだ。
の質問に唸り声を上げながら考え込んでいたもっくんは、一通り考え込むと諦めたようにガクッ、と肩を落として呟いた。
「……もっくんでいいです」
一人項垂れているもっくんを無視して、昌浩は六合に尋ねた。
「でもどうして六合がここにいるんだ?」
昌浩の最もな質問に六合は答えを詰まらせた。昌浩の言葉に片耳をピクリ、と反応させてもっくんが聞き耳を立てている。
「それは私に会いにきてくれたからですわ」
どう答えたらいいか悩んでいる六合の横で、がのんびりとした口調で答えた。
「ほう〜、に会いにねぇ〜」
ニヤ、ニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべながら六合とを見つめた。そこで何かを思い出したようで、さらに目を細めた。
「そういや〜、最近一人でどこかへ出かけていくな〜とは思っていたが、まさかのところだったとはな〜」
「へぇ〜、そうだったんだ」
もっくんの言葉に昌浩は素直に頷いた。六合はわずかに顔を歪めた。
心なしもっくんを睨んでいるようだ。
(これは他の奴らにも教えてやらんとな〜)
(やっぱり本当だったんだ。彰子にも教えてあげないと……)
二人はニヤリ、と笑みを浮かべたままそれぞれ同じようなことを考え込んでいた。
そんな二人の様子に六合はそっと嘆息した。
(晴明、余計なことを……)
心の中で密かに吐き出した。
「六合、どうかしましたの?」
「いや、何でもない」
首を傾けて見つめてくるに、ふっ、と力を抜くと穏やかな笑みを見せた。
「そうですか?それならいいのですけれど……」
も同じように穏やかな笑みを返した。二人の様子を見ていた昌浩ともっくんはわずかに驚いた。
六合もあんな表情をするものだと……。
六合が笑顔を見せるのは珍しい、普段は無表情なことが多いためそれ以外の表情を見たことがなかったのだ。
穏やかな雰囲気が漂う中、もっくんがぼそり、と昌浩に話しかけた。
「なあ、昌浩。もしかして……オレらお邪魔?」
「そう……みたいだね」
完全に二人の世界に入ってしまっている二人を見つめながら、苦笑いしながら答える。
「……帰るか」
「……そうだね」
すっ、と立ち上がった昌浩に気づいたが不思議そうに見上げた。
「様、そろそろ失礼します」
「あら?もう帰ってしまわれるのですか?」
「えぇ。祖父に報告をしなければいけませんし……」
いかにも残念という声で尋ねてくるに、苦笑いを浮かべながら曖昧に誤魔化す。
正確には馬に蹴られる前に退散しよう、ということなのだが……。
「それはしかたがありませんわね。また遊びに来てくださいね。もっくんも」
穏やかな笑みを浮かべて二人を見つめた。
「はい、ありがとうございます。さよなら」
「あっ、今案内の者を……」
「大丈夫です」
歩き出した昌浩の背中に向かって声をかけたが、すでに先にいっているのか小さな声で答えが返ってきた。
安倍邸に帰り着いた昌浩ともっくんは、早々に晴明へ報告を済ませると自室に戻った。
昌浩の部屋には灯りがついており、何やら楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「彰子、ただいま」
「昌浩、おかえりなさい。もっくんも」
「おう」
昌浩が部屋に入ると、彰子と十二神将である太陰と玄武が集まっていた。
昌浩の声に気づいた彰子が笑顔で二人を出迎えた。
遅れて太陰と玄武からも声がかかる。
「どこへ行ってたの?」
「じい様に頼まれて、式部卿宮家の姫君に魔除けの数珠を届けに行ってたんだ」
その場に腰を下ろしながら昌浩は答えた。もっくんもその傍に座り込んだ。
「式部卿宮家の姫君?」
「彰子、知ってるのか?」
ぽつり、と呟き返した彰子に、昌浩は聞き返した。
「様のことでしょう?女房たちの噂で聞いたことがあるの。
綺麗な方だけれど、お体が弱くて臥せっていることが多い姫君だって――。
お会いしたことはないけれど……」
「ほぉ〜、そんな噂があるのか」
「確かに綺麗な方だったなぁ。優しかったし……」
もっくんが感心した声を出している横で、昌浩が今日初めて会ったのことを思い出していた。
「あぁ、それで思い出した」
「何をだ?」
急に声を上げた昌浩を不審に思った玄武が聞き返した。
「実はね、その姫の部屋に六合がいたんだよ」
「えっ?六合が……」
昌浩に聞き返している彰子を遮って太陰が口を挿んだ。
「ちょっと昌浩、それどういうこと?」
「我も聞かせてもらおう」
太陰に続いて玄武も昌浩に詰め寄った。昌浩は何と説明したらよいのか考えていると、もっくんが口を開いた。
「お前らも聞いたことがあるだろう。六合に恋人がいるって……」
「それは聞いたことがあるけど……」
「まさか、その相手というのは……」
二人はそこでハッ、と気づいた。以前十二神将たちの間に、六合に恋人がいる、という噂が流れていたのだが、どうせ嘘だろう、とまったく信じていなかったのだ。
「その相手というのが、さっき言っただ」
もっくんの言葉に太陰、玄武、彰子の三人は三者三様の答えを返した。
「あの六合のどこがいいんだか……」
「人それぞれだと思うが……」
「六合の恋人が様……。一度お会いして見たいわ」
そう昌浩に笑顔を向けた。その横では太陰がぶつぶつ、と玄武に文句を言っているところだった。
玄武としては自分ではなく、直接六合に言って欲しいものだと思った。
しかしそんなことを言おうものなら、太陰の怒りを全部受けることになるのでおとなしく聞いていることにした。
こうして五人は六合との話で大いに盛り上がっていたそうだ。
夜遅くになってから安倍邸に帰ってきた六合はすぐさま晴明の部屋へと向かった。
六合がくることを予測していた晴明はニヤ、ニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべて待っていた。
「おお、やっと戻ってきたか」
「晴明――」
晴明の前までくるといつもの無表情をいささか引きつらせて晴明を見つめた。
「様の様子はどうじゃ?元気に……」
「晴明、どういうつもりだ」
晴明の言葉を遮って六合は詰め寄った。晴明は表情を崩さずに答えた。
「どういうとは?」
「わざわざ昌浩に数珠を届けさせる必要はなかっただろう。
俺が届けたほうが早かったはずだ」
「まあ、そういうな。これも修行のうちじゃよ」
最もらしいことを平然と答える晴明に少なからず怒りを覚えるが、言ったところで聞くような者ではないことを、長い付き合いから知っている六合はため息を吐くしかなかった。
いつまでも笑っている晴明に耐え切れなくなって、六合はすっ、と姿を消して部屋から出ていってしまった。
その後、真相を知った十二神将たちに捕まってしまった六合が、質問攻めにあったのは……言うまでもない――。

ごめんなさい!!前作よりもさらに話が長くなってしまいました。
話が進むごとに長くなっていくような気がします。(泣)
「再会」編の続き「発覚」編をお届けしました。いかがでしたか?
今回主役の二人の出番が少なくなってしまいました。
ほとんど晴明様と昌浩、もっくんにいいところを持っていかれております。
どうやら昌浩ともっくんを出すと話が長くなるようです。
(二人の会話が止まりませんので……)
一作目に出した勾陳を再び出してみました。でも口調が定まってませんね、ハイ。
難しいんですよ、これが。精進しますので許してください。
この作品はあるサイト様に投稿させていただいたものを修正・加筆したものです。
それではまたお会いできることを信じて――。
2004.10.7 水原 琳