ドリーム小説
優しい瞳 2 再会
いつも静かに自分の話に耳を傾けてくれる人がいた――。
いつも何も言わずに傍にいてくれる人がいた――。
優しい瞳をした人が微笑んでくれた――。
2 再会 〜再び二人が出会ったのは――必然?〜
安倍晴明が祈祷を終えてから一週間が経過した――。
式部卿宮家の一の姫・はようやく起き上がって日々を過ごすまでに回復していた。
祈祷を終えた当初は微熱が続き起きることは稀であったが、最近は熱も下がり起きていられる時間が長くなった。
あいかわらず部屋から出ることはままならなかったのだが……。
季節は初夏――。
体の弱いにとって最もつらい季節が近づいてきていた。
は今脇息に凭れかけ、一人静かに庭を眺めていた。
時折吹く風はわずかに熱気を持っており、あまり心地よいものではない。
それでもピクリ、とも動かずにただ呆然と茜色に染められていく庭を眺めていた。
安倍邸の晴明の自室の床に座り込んでいた六合は、ふっ、と立ち上がった。いきなり立ち上がった六合を不審に思った晴明が振り返った。
「六合、どうしたんじゃ?」
いくら待っても六合からの返事はない。六合は返事もしないまま姿を消してしまった。どこかへ出かけて行ったようだ。
「なんじゃ……。もしや……」
無言のまま姿を消してしまった六合に疑問を持ったが、あることを思い出し晴明は意地の悪い笑みを浮かべた。
六合は一週間ほど前に、晴明が祈祷を頼まれて訪れた式部卿宮の邸に来ていた。
晴明の命令での様子を見に来たのだ。
本当はもっと早く来たかったのだが、いろいろと立て込んでいて来られる状況ではなかった。
ひらり、と跳躍し、の部屋の眼前に広がる庭に降り立った。
は陽も暮れてきたのでそろそろ誰かを呼んで御簾を下ろさせようと、立ち上がった。
そのとき、一週間ほど前に感じた優しい気配が庭のほうから漂ってきて、反射的に顔をそちらに向けた。
六合が庭に降り立ったのとほぼ同時にと目が合い、驚いた。
さっきまでは臥せっていたとき、ずっと傍についていてくれた六合のことを考えていた。
その相手が今目の前にいるのだ、驚かない訳がない。
しばらくそのままの状態で見つめ合っていたが、先に沈黙を破ったのはだった。
「……六合?」
に名を呼ばれて六合はハッ、と我に返った。
その様子に安堵したのか、は穏やかな笑みを浮かべて手招いた。
の行動に戸惑いを見せたが、おとなしくそれに従った。
本当は庭先からの様子が伺えればそれだけでよかったのだが、思いがけず見つかってしまったのだ。
に手招かれて部屋に入ると、微かに梅花香の香りが漂っていた。
一週間ほど前に訪れたときも微かに漂っていたような気がする。
傍までくるとその場に腰を下ろすように促した。
またに倒れられては晴明に何を言われるかわかったものではない。
初めは大丈夫、だと言って六合の言うことを聞かなかっただったが、六合も座ることでしぶしぶ承諾した。
「今日はどうしたのですか?晴明様はご一緒ではないの?」
六合がいるということは晴明もいるのであろうと思っていたのだが、姿が見えないので不思議に思っていた。首を傾げながら疑問に思っていると、六合が見るに見かねて答えた。
「俺だけだが……」
きょとん、と六合をみつめたまましばらく固まっていたが、納得したのかおかしそうに笑みを浮かべた。
「もしかして、晴明様のご命令なの?」
の言うことははずれではないのだが、晴明に言われる前からの様子を見にこようとしていた六合としてはどう答えたらよいものか迷っていた。
そんな六合の心情を知ってか知らず、無言は肯定を意味しているのだろうと勝手に判断し、は納得していた。
の判断を正すべきだとは思うのだが、今はこのままでもいいか、と判断し、そっと嘆息した。
「体のほうはもういいのか?」
唐突に話しかけられ、はえっ?と声を上げた。
自分から話しかけることはあっても、六合から話しかけることは少ないので思わず声を上げ驚いたのだ。
自分を見つめたまま何も話さないでいるを不審に思い、わずかに眉を顰めた。
「体調が悪いのなら休んだほうがいい。 今日はこの辺で失礼する」
まだ体調が思わしくないのだろう、と判断し、立ち上がろうとした。が、に呼び止められた。
「あっ、待って!!違うの……」
は慌てて六合が身に纏っている長い布の端を掴み引き止めた。
必死の眼差しでこちらを見上げているの姿に、六合は目を見張った。
いつまでもこのままの状態でいるのもどうかと思い、とりあえず六合は元の位置に腰を下ろした。
六合が止まってくれたことにホッ、と安堵し、布を掴んでいた手を慌てて離した。
「体のほうはもう大丈夫よ。……少し驚いたの。
私から話しかけることはあっても、あなたのほうから話しかけてくれるなんて少なかったから……。
それで少し驚いたの」
なるほど、そういうことか、と六合は納得した。
と初めて会ってから会話をしたのはけして多いほうではないが、自分から話しかけたことは数えるほどしかない。
だからにそう思われるのも無理はないことだ。
「それは……すまなかった。次は努力する」
すまなさそうな声で答えた。心なしが顔を曇らせている。
「別に謝ってほしいわけではないの。
無理に話そうとしなくてもいいのよ?
だって……それがあなたでしょう?六合――」
わずかに顔を曇らせてしまった六合を宥めるように、穏やかな笑みを浮かべていた。
六合は思わずを見つめた。どうしてこの姫は簡単に自分の気持ちを察してくれるのだろう。
初めてあったに等しい自分に、人ではない自分にどうしてこんなにも優しい笑顔を見せてくれるのだろう。
どうして……わからない。
「六合……?」
わずかに首を傾げてが不思議そうに六合を見つめていた。
その目線に居た堪れなくなった六合は音もなく立ち上がった。
「そろそろ休んだほうがいい。体に障る」
「そうね……また、来てくれるのでしょう?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、は六合に問いかけた。
「あぁ……」
言葉少なめに答えを返すと、ふっ、と姿を消してしまった。
「また、来てくれますよね……」
六合が消えたほうを見つめたままそっ、と呟いた。
口数は少ないけれど、最後まで私の話を聞いてくれる。
常に自分のことを心配してくれる優しい人――。
でも、どうしてあんなに寂しそうなのだろう……どうして?
それからというもの六合は定期的にの元を訪れていた。
季節は初夏から夏になり、暑い日が続いていた。夜になれば多少の暑さは和らぐものの暑いことには変わりはない。
六合がを訪ねるのは決まって夕刻、暑さが和らぐ時刻だった。
外へ出ることが滅多にできないにとって、自分の元を訪れてくれる六合の存在は大きいものであった。
は自室でここ数日、書物を読み耽っていた。
書物といっても貴族の姫が好む物語ばかりである。の父である式部卿宮が病弱な娘のために集めてきた物だ。
は書物からふっ、と顔を上げた。気がつけば庭が茜色に染められている。
「あら?もう夕刻ですのね。今日はここまでにしておきましょう」
そう言って読んでいた書物をパタン、と閉じた。しばらくすれば六合が訪ねてくる時刻になる。……が、どうしたことかいつもの時刻になっても六合が姿を現さない。
前にを訪ねてときを考えると、六合が訪ねてくるのは今日のはず――。
辺りはうっすらと闇に染まっていく。
「何かあったのかしら?」
今まで六合が時間や約束を違えることはなかった。……ということは彼の身に何かあったか、あるいは何らかの事情で遅れているかのどちらかだろう。
いくら神の末端に席をおく十二神将といえど、不老不死ではない。そのことを充分に理解しているは心配でたまらなかった。
「六合……、六合のことだものきっと大丈夫だわ。きっと……」
自分に言い聞かせるように呟いた。今の自分にできるのは、六合を信じて待つことだけなのだから――。
六合がの元を訪れたのは辺りが完全に闇に染まった頃だった。
急ぎの元を訪ねると、いつもと同じように床に端座していたが六合を穏やかな笑みを浮かべて迎えた。
六合の姿が見えると、は安堵のため息を吐いた。
が言葉を発するよりも早く六合が口を開いた。
「遅くなってすまない……」
静かだが反省の色を含んだ声で言った。
「気にしないでください。何か事情があったのでしょう?
あなたに何もなくてよかったですわ。
それにこうして来てくれるだけでも私は嬉しいのです」
小さな子供を宥めるかのような口調で、穏やかな笑みを浮かべたまま六合を見つめた。
六合は思わず目を見張った。いつもの時刻より遅れて訪ねてきた自分を非難するどころか、穏やかな笑みを浮かべて出迎えてくれる。
自分が訪ねるだけでも嬉しいとさえ言ってくれる。どうしてこの姫はこんなにも優しいのだろう。
「あなたは約束を違えることはしないでしょう?」
穏やかな笑みを浮かべたまま、問いかけてくるに癒されていくような気がした。
この姫になら自分の名を教えてもよいと思った。
いや、むしろ知っていてほしいと思った。
「……六合?」
先ほどから黙り込んでしまっている六合を心配したが、下から顔を覗き込んだ。
その途端、強い力で腕を引っ張られた。気がつけば六合の腕の中に閉じ込められていた。
「……彩Wだ」
の耳に口を寄せて囁いた。
「彩……W?」
が呆然とその名を繰り返し呟いた。
「そうだ。地上のすべてにぬくもりを与える、穏やかなWきのようにあれと――。
夜明けの光によく似たこの双眸になぞらえて、晴明が与えてくれた名だ」
「でも……私が呼んでもいいのですか?」
顔を上げると、戸惑いを隠せない表情で六合を見つめた。
「あぁ、だから呼んでほしいんだ」
はわずかに頬を赤く染めると、ありがとう、と小さく微笑んだ。
「彩W……。あなたの優しい瞳によく似合う名ですわ」
六合を見つめたまま、穏やかに微笑んだ。まさかにそう言われるとは思わなかった六合は、顔を背けてしまった。
その様子に照れているのだと、はおかしくなり小さな笑い声を立てていた。
「今日はもう遅い。早く休め」
を閉じ込めていた腕を解き、を解放した。
部屋を出て行こうとする六合の背後からの声が聞こえた。
「彩W。また来てくれますか?」
真剣な眼差しで問いかけてくるに、ふっ、と顔を和ませ答えた。
「あぁ、また来る」
その言葉を聞いて、は穏やかな笑みを浮かべて六合を見送った。六合の背中に向けてそっ、と呟いた。
「おやすみなさい」
安倍邸に帰り着いた六合は丁度、夜警に出ようとしていた晴明の末の孫・昌浩と相棒の物の怪・愛称もっくんと出くわした。
「あれ?六合?」
目ざとく六合を見つけた昌浩が声を上げた。昌浩の声で気づいたもっくんが六合のほうを見た。
「おっ、ホントだ!!」
二人は(?)は六合に近づいていく。六合は妙なところで二人に会ってしまったと思った。
「六合どうしたんだ?どこかへ出かけていたのか?」
昌浩の問いに微かに動揺する。
ほんの一瞬のことだったので昌浩は気づかなかったが、それを感じとったもっくんがニヤリ、と何かを企むような笑みを浮かべた。
「もしかして〜、女のところだったりして……」
「もっくん、いくらなんでもそれはないよ」
もっくんの爆弾発言に昌浩が否定の言葉をかける。ある意味失礼な言い方だが……。
「もっくん言うな。晴明の孫!!」
「孫言うな!!」
お馴染みの言葉を言い合った後、二人は六合を見た。
「で、実のところどうなんだ?」
もっくんの問いかけにしばらく沈黙していたが、六合は答えずにすっ、と姿を消してしまった。
姿を消してしまった六合に二人は呆然としていた。
沈黙――六合の場合、それは肯定を意味する。
「ねぇ、もっくん。もしかして……」
「あぁ、もしかして、もしかするかもしれないぞ……」
前方を見つめたまま、わずかに二人は顔を引きつらせている。
「あの六合が……」
「あの六合が……だぞ」
信じられない、といった顔で昌浩が呟いた。
「嘘……」
その後昌浩ともっくんは、いつまで待っても来ないことを心配した雑鬼たちが、わざわざ迎えに来るまで呆然とその場に立ち尽くしていた。
その日、夜警にならなかったことは言うまでもない。
あの六合に恋人がいる、という噂が十二神将たちの間に流れるのは、もう少し後のことである――。

「出会い」編の続き「再会」編をお届けしました。いかがでしたか?
前作より少々長くなってしまいました。その原因は昌浩ともっくん!!この二人です!!
二人の会話が止まらないのです。なぜ……?でも、可愛いのですvv
さてさて、次回はどうなることやら……。
この作品はあるサイト様に投稿させていただいたものを修正・加筆したものです。
では次の作品でまたお会いしましょう――。
2004.10.3 水原 琳