ドリーム小説






優しい瞳  1 出会い


いつも穏やかな笑みを浮かべて迎えてくれる、心優しい人がいた――。
いつも自分を癒してくれる声で名を呼んでくれる人がいた――。
自分の瞳は優しい瞳だと言ってくれた人がいた――。










   1 出会い 〜寡黙な神将と病弱な貴族の姫との出会い










深夜、稀代の大陰陽師・安倍晴明の邸にある貴族から一通の文が届いた。

届けられた文を自室で静かに目を通していた晴明は眉を顰めた。

「これは……急いだほうがよさそうじゃな――」

そう呟き難しい顔をしている晴明を、傍に控えていた六合が不審な顔で見つめていた。

「晴明、どうした?」
「うむ。ある方のな、容態があまり思わしくないようなのじゃ。
近いうちに様子を見に行く。六合、供を頼むぞ」
「……わかった」

六合はそれだけ答えると姿を消してしまった。
姿は消してしまってはいるが、晴明の近くに控えていることはその神気からわかる。

「ご無事じゃとよいがのぅ……」

晴明の呟きは、都を覆う夜の闇に溶けて消えていった――。










晴明は先日依頼のあった式部卿宮家を、配下の十二神将である六合と勾陳を伴って訪れていた。

依頼の内容はというと『娘の容態が思わしくないので祈祷を頼みたい』というものであった。

女房に案内されて寝殿に行くと、この邸の主である式部卿宮が晴明の到着を今か今かと待っていた。

「おぉ、晴明待っておったぞ」
「お待たせして、申し訳ありません」

喜んで晴明を迎えいれると、その場に腰を下ろした。

「して、姫君の容態はいかがですかな?」
「うむ……。
ひと月ほど前から臥せっておるのだが、ここ最近容態が悪くなっていく一方でな。
もともと体が弱いこともあるのだろうが……」

静かに話を聞いていた晴明は、ゆっくりと腰を上げた。

「……姫君にお会いできますかな?」
「あぁ、すぐに案内させよう」

すぐに案内役の女房が呼ばれて、晴明はその後をついて姫君の部屋へ向かった。









「どうぞ、こちらです」

そう女房に案内されて着いた先に見えたのは、見事な黒髪に透き通るほど白い肌をした姫君が苦しげに息をしている姿だった。
思っていたよりも容態は悪いようだ。
女房が臥せっている姫に声をかけ、晴明の来訪を伝えた。
部屋に入った瞬間、晴明はわずかに眉を顰めた。
姫君の体から黒い靄のようなものが出ている。

「おかげんはいかがですかな?」
「……晴明様。……お見苦しい……ところをお見せして……」

ゆっくりと晴明のほうに目線を移し、苦しげに息をしながら体を起こそうとした。

「ああ、無理はなさらずに。して、いつ頃からこのような状態に?」

すみません、と小さな声で答え、体を横にした。

「……六日ほど……前から……」

息が苦しいのかとぎれ、とぎれに答える。

「……そうですか。さっそく祈祷の準備に取り掛かりましょう。
なあに祈祷がすめばすぐに元気になられますに」
「……ありがとう……ございます……」

かすかに微笑んで答えた。

では準備がありますので、と晴明は部屋の外にでるとわずかに眉を曇らせた。

「晴明。急がないとあの娘、命が危ういぞ」

今まで隠形していた勾陳と六合が姿を現した。

「わかっておる。体力も限界じゃろう。
結界のほうも多少の歪みもある修復せねばならんしの。
……六合、すまぬが祈祷が終わるまでの間姫君の傍についてやってくれんか?」
「……わかった」

ふっ、と六合が姿を消し、隠形したまま姫君の部屋に入っていった。

「急がねばな……」

難しい顔をしたまま、ぽつり、と呟き、空を見上げた。










晴明が部屋を出て行ってから少しの間をおいて、誰かが部屋に入ってきた気配がした。
そのまま自分に近いところまでくると、気配はそこで止まってしまった。
晴明がこの部屋に来たときと同じ気配がそこに止まっている。嫌な感じはせず、むしろ安心できる気配である。

このような優しい気を放っている者はどういう姿をしているのか……。

気になった姫君は顔をわずかに右に向け、気を放っている者を見つめた。
見つめた先にいたのは、変わった格好をしている青年が柱に凭れかけて腰を下ろしていた姿だった。

思わず目を大きく見開いた。普通の人と見た目があまり変わらない青年が自分の傍にいるのだ。

姫君は無言で自分の傍にいてくれる青年の名が気になり、思いきって尋ねてみた。

「あなたは……誰?」

六合は目を見張った。
姫君の目線がこちらに向いていたのはわかっていたのだが、まさか自分が見えているとは思わなかったのだ。
六合は隠形している。姿が見えているということはかなりの見鬼の才の持ち主ということになる。
先ほど晴明と勾陳と共にこの部屋に入ったとき、一瞬だけこの姫の目線が自分に向いていたような気がしたのだが、気のせいだろうと思い深く考えはしなかった。

自分を見ても怖がることもなく、目線を合わせたまま尋ねてくる。
見えているのならば隠形していても変わらないだろう、それにこの姫は大丈夫だと判断し、姿を現した。

「十二神将が一人、六合――」

抑揚に欠ける声で答えた。

「六合……」

ぽつり、と小さく呟き、少し考え込むとかすかに微笑んだ。

「私は……

神将である六合を相手に臆する様子も見せずに、は自分の名を教えた。

六合は名を教えてもらったものの、どう対応したらいいのか迷っていた。
このように自分と普通に話す貴族の姫は珍しく、考え込んだまま固まってしまった。
が、は特に気にする様子もなく、話を進めていく。途中小さく咳き込みながら、とぎれ、とぎれに話している。

「晴明様の……ご命令?」

六合はに目線を向けたまま何も答えようとはしない。
それは肯定ととっていいのだろうと判断し、は話を進めた。

「六合は……」
「もうしゃべるな。体に障る」

何度となく咳き込みながら話しかけてくるを見るに見かねて止めた。
実際これ以上は体の弱いには余計に負担をかけることになってしまう。
晴明が祈祷を終えるまで体が持たなければ意味がない。

「ごめん……なさい……」

まだ何かを言おうとしただったが、六合に止められておとなしく口を閉じた。
頭を元の位置に戻し、静かに目を閉じた。目を閉じても微かに漂ってくる優しい気に心地よさを覚えて眠りについていった。

口数は少ないけれど、自分を気遣ってくれた。優しい人なのだ、とは眠りいく意識の中でそう呟いた。

微かに寝息を立て始めたを見つめたまま、六合は変わった姫だと思った。神将である自分に何の警戒もなく話しかける人など珍しい。
見えたとしても大概の人はその神気に恐れをなし逃げていくものだ。それなのにこの姫は笑顔さえも見せる。

このような人に出会ったのは何年ぶりか――。

(おもしろい――)

六合はかすかに笑みを浮かべた。










西の空が茜色に染まり始めた頃、の体から出ていた黒い靄のようなものが消え、呼吸も先ほどとは比べ物にならないほど安らかなものとなっていた。
その様子から六合は晴明が祈祷を終えたことを悟った。
わずかだが安堵の表情を浮かべる。

一刻ほどたって、祈祷を終えた晴明が再びの部屋を訪れた。

様、おかげんはいかがですかな?」

問いかけながらのすぐ脇に腰を下ろした。

「はい。呼吸もだいぶ楽になりました」

ゆっくりと体を起こし、脇息に凭れかけながらはっきりとした声で答えた。

「それはよかったですな。これでもう安心ですぞ。後はゆっくり養生することです」

晴明の後ろに六合と同じような気を放っている女性の姿が見えた。
六合と同様嫌な感じはしない。むしろ好感もてる気だ。
晴明に感謝の言葉をのべつつ、後方に目線を向けたまま尋ねた。

「ありがとうございます。あの……晴明様、後ろにいらっしゃるかたは……」

晴明と勾陳が驚き、目を見張った。の目線は晴明を通り越して後ろにいる勾陳に向けられている。
晴明は先程からが自分の後ろを見つめていることに気づいていたが、もしや見えているのでは、と確証もないまま尋ねるのもいかがなものかと思案していたところであった。

様、この勾陳が見えるのですかな?」
「はい」

は勾陳に目を合わせたまま答えた。

「あなたは勾陳と言うのですか?」

この部屋に入ってからずっとに見つめられたままの状態である勾陳は不思議に思っていたが、の言葉を聞きすんなりと納得した。

(見えているのならば、不思議ではないな)

の問いにわずかに頷いて答えた。

「――そうだ」

勾陳の言葉を聞き、よろしくお願いします、と微笑んだ。

「ということは六合も……」

その様子を静かに見ていた晴明は六合に顔を向けた。

「見えているらしい」

晴明の言葉の意味を理解した六合が抑揚に欠けた声で答えた。

間をいれずに答えた六合の肯定の言葉を聞き、それは、それはたいした力ですな、と晴明は目元を和ませていた。

『見鬼の才』――それは異形のものや妖を見ることのできる力。

の持つ力は一般の陰陽師よりも桁外れに強い。晴明の末の孫である昌浩よりも強いのではないのだろうか。

今までよく無事にいたものだ、と晴明は思った。
このような強い力を持つものは異形のものや妖に狙われやすい。強い力を持つものは異形の妖たちにとって最高の餌となるために、必然と狙われやすくなるのだ。
しかし幸いは外へ出ることなど滅多にない貴族の姫である。それに体が弱いため臥せっているときのほうがよっぽど多いため、普通の貴族の姫より極端に外へ出る機会がないのだ。
何より晴明が張った結界もある。

様はいつ頃からこういったものが見えるのですかな?」

少し首を傾げて、記憶を辿りながら答えた。

「いつ頃からと言われましても、気づいたときには見えていましたから……」

ふむ、と言ったきり急に黙り込み、何やら考え込んでいる晴明を疑問に思ったはおずおずと尋ねた。

「あの、晴明様?」
「あぁ、もうこのような時間ですな。
それでは様また何かありましたら、遠慮せずにお知らせください」

の声に我に返った晴明は慌てて腰を上げた。

「あっ、はい。ありがとうございます」

穏やかな笑みを浮かべて、ペコリ、と頭を下げた。
晴明はそれを見届けると式部卿宮の邸を後にした。










安倍邸に帰り着いた晴明は自室の床に座り込むと、何やら考え込んでいた。

「晴明、どうかしたのか?」

隠形していた六合が晴明の背後に現れた。

「うむ……。六合よ、悪いが様の様子を時々見に行ってくれんか?」
「……」
様は桁外れの見鬼の才の持ち主じゃ。
いつまた悪しきものが取り付いて容態が悪化するとも限らん。
傍に神将がおれば多少の魔除けとなるじゃろうて」
「……わかった。時間が許す限り俺が傍に控えていよう」

晴明に言われるまでもなくの様子を密かに見に行こうと思っていた六合は、即座に承知した。
いつもとは微妙に様子の違う六合に晴明は軽く目を見張った。

「では、頼むぞ」

ニヤ、ニヤ、と意地の悪い笑みを浮かべて晴明は六合を見ていた。
晴明の意味ありげな視線に耐えられなくなったのか、六合はふっ、とどこかに姿を消してしまった。

(あの六合がのう〜〜。おもしろいことになりそうじゃわい)

晴明の忍んだ笑い声が部屋に響いていた。









寡黙な神将・六合と病弱な貴族の姫・が再び会うのは……それから一週間後のことであった――。






















祝☆初の少年陰陽師の六合夢です。……のはずですがあ、あれ?
晴明様にいいところを持っていかれております。おかしいな〜?どこで間違ったんだろう?
とりあえず『優しい瞳』は続きます。ええ、続きます!!
いつまで続くかわかりませんが……。(おいっ!!)
「出会い」はそのまま二人の出会いを書いております。
楽しんでいただけたでしょうか?(ドキドキ)

この作品はあるサイト様に投稿させていただいたものを修正・加筆したものです。

それではまたお会いいたしましょう――。

2004.10.2     水原 琳